猫の額








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『いつもと違う午後をあなたと』 #本初
エアスケブの本×巴の「学パロで両片思い」というリクエストを元に書きました。クッキーの話気に入って頂けてたので、勝手に続きで(また半端に終わりましたが)




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 熱を含み始めた風が、ふわりとカーテンをなびかせた。夏の始まりを感じさせる心地良いはずのそれが、今はひどく疎ましい。一呼吸ついて、止まっていた手を動かす。茶葉の量は――いつもと違い、二人分。
『本初と食べてくれない?』
 そんなことを言い残し去っていった先輩達の笑顔を思い出し、ため息をつく。お茶請けに、という軽い気持ちで焼いてきたクッキー。どこか不自然なぐらいの様子で帰ってしまった三人が、心変わりで戻ってきてくれないだろうかと願う。
「……もっと、ちゃんとしたの作れば良かった」
 後悔しても、今できることは丁寧に並べる程度。再びため息が漏れたが、廊下の足音に背筋が伸びた。
「すまない。待たせた」
「い、いえ! お疲れ様です……」
 振り返れば、珍しく慌てた様子の本初先輩。――そんなに急がなくても良かったのに。気遣いに胸を熱くしていると、先輩は私の手元を見て眉根を寄せた。
「何だ、茶なら私が――」
 断る間もなく、本初先輩が隣に立ってしまう。ほのかに香った甘い匂いに思わず俯き、意識を逸らそうと必死で耳を澄ませる。けれども、陶器が軽く立てる音も、窓から届く放課後特有の部活動の音も、二人きりである事実をより強調する気がして、手に汗が滲む。しばらくそのままじっとしていると、風がまた部屋の中を通り抜け、香りが薄らいだ。ほっと息を吐き、気がつけば目が柔らかく光を反射するブレザーを辿る。そして亜麻色の髪を捉えた矢先、目が、合った。
 息を忘れるほどの長い一瞬を、電気ケトルの蒸気が動かす。「クッキー、出しますね」と動揺を誤魔化せば、相槌の柔らかさに涙が滲みそうになって自覚する。私、どうしようもなくこの人が好きなんだ。
 涙を堪えて振り返り、すでに並べたクッキーと、目が合ったことの意味を考えて頭を抱えるまであと――。

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『はつこい』 #本初
エアスケブでリクエスト頂きました『本巴の両片思い』のお話です。



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 何気ない日常が、急激に色付いた。
 


「過ごしやすい季節になってきたな」
「そう、ですね」

 隣にいる本初様の気配に、そわそわと視線を道ばたに逸らす。
 端に植えられた木々は色が抜け落ち、黄色や赤に周囲を飾り立て始めている。
 そんな季節の変わり目の、戦場から屋敷へ戻ったある日のこと。暇を持て余した私を見兼ねてか、本初様が散歩に行かないかと誘ってくれた。戦場とは違い、緩やかな空気の流れる街の中を歩くのは楽しい。食べ物や日用品を売る店も、行き交う人も、私の心も和ませてくれるものだ。
 だというのに。
 私は、今までになく緊張していた。

「……疲れたか?」
「い、いえ。そういうわけでは」
「――そうか?」

 ちっとも納得のいっていない本初様が、足を止め私の顔を覗き込む。――お願いだからあまり近寄らないで欲しい。

「あの、そのっ!」
「ん?」

 見慣れた、と言っても過言ではないほど長く共にいる本初様の顔を、最近はまともに見られない。ましてやこの至近距離は――。

「っ、甘味でも食べませんか!」
「何だ、腹が空いておったのか」

 ……もう、そういうことでいいです。
 勘違いの内容に恥ずかしさを覚えながらも、やっと離れた距離にそっと胸を撫で下ろす。どくどくと早く脈打つ心臓は、まるで自分のものではないようだ。

「となると、引き返すか――」
「あ、すみません」
「いや、よい」

 何かもっと他の口実にすれば良かったと顔を上げれば、目を細めて笑う本初様と目が合った。

「巴と過ごす時間が増えた」

 そして、当たり前のように差し出される手。
 激しく鳴っていた心臓が、今度は止まったように静かになって――。

「……はい」

 そっと、彼の手を取った。
 それから先は無言で、どちらからともなく歩き出す。一歩、二歩。手を繋いでいても、歩きにくさは微塵も感じない。本初様が合わせてくれているからだろう。
 前にも、こうして手を繋いだことはあったけれど、そのときとは明らかに違う彼への気持ち。戸惑ってばかりの日々から、ほんの少しだけ冷静に今の状況を思う。
 好きな人と、手を繋いでいる。
 見上げれば、すぐに気がついて笑いかけてくれる。
 少しためらってから、指先を滑らせ、より深く手を繋ぎ直してみる。そうすれば、彼の方からも当たり前のように握り返された。

 ――もう、夫婦なのに。

 いつの間にかそういうことになっていて、形ばかりで、ちっとも中身が伴っていないから。たった、これだけのことですら幸せに満ちていて、私は泣いてしまいそうだった。

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『この温もりをいつまでも』 #本初
#三国恋戦記・今日は何の日 「恋人たちの日」
エンド後のお話です。




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 気がついたら、隣にいること以外考えられなかった。
 


 こちらの世界でも年の瀬が近づくと、人々はどこか忙しない。店頭に並ぶ商品の数も質も、いつもと少し違う。市場を飛び交う声も、賑やかになる。
 基本買い物は女中の仕事なのだけれど、好きだからとお願いして変わってもらうことも多く、すっかり私の仕事の一つになっていた。何より、〝奥方自ら買い出しに向かう〟ことで守れることがある。少しずつ人が減っていく屋敷に、力を持つ人々は興味を示さないものだ。
 少し重くなってきた袋を持ち直しながら、屋敷に戻ろうと踵を返す。それにしても今日は人が多い。特に男女で連れ添う人が多いような気がする。

 ――イルミネーションでもあれば完璧かも。

 煌びやかな電飾の中寄り添う恋人たち。街中には季節限定の音楽が流れて、寒いのにどこか浮き足立つ心。故郷でよく見た光景そのもの、だ。
 久しく思い出した故郷について耽っていると、すっと首元を通り抜けた冷たい風に反射的に体が震えた。これはいけないと襟元をかき寄せ、小走りに屋敷へと向かった。
 
 
「寒かっただろう」

 出迎えた女中に荷物を渡し、お茶の用意をしますねと笑いかけられるや否や、奥から本初様が顔を出した。心配そうなその顔に、私の帰りを今かと今かと待ちわびていたのだろうと容易に想像がつき、顔を綻ばせた。

「少しだけ。でも、良いお天気でしたから」

 日向ぼっこにはちょうどいいかもしれませんね、と言えば何を呑気なと口を尖らせるものだから、くすくすと笑い声を立ててしまった。

「何がおかしいのだ」
「だって」

 本初様は話しながら、手にしていた大判のストールのようなものを肩にゆるりと巻く。ふわりと漂う金木犀の香りに、いつどんな時でも落ち着くこの匂いが好きだと思った。

「まあまあ。いつまでも仲睦まじい恋人のようで」

 ここも寒いですから、早くお部屋に。荷物を渡した女中はそう言い残すと、一礼してから台所へと向かった。

「それもそうだな。巴――どうかしたのか?」
「え、あ。……いえ」

 恋人。
 そう呼ばれるのは、どこか違和感があった。
 何故そう思ってしまうのだろうと、じっと少し上にある彼の顔を見つめれば、不思議そうに目を瞬かせている。長い睫毛が揺れて、その間から覗く翠色の瞳には、私が映っていた。
 ふと、先ほど思い出した故郷のあの空間に、二人で散策する姿が浮かぶ。そして、私のイメージする恋人像などその程度のものしかないことに思い至り――そもそも本初様と〝恋人〟という期間がなかったことに、今更気がついた。
 今更。本当に、今更なのだけれど。
 そして行き着いた思考に、自然と口元が緩む。

「……巴?」
「今日のお茶は、何にしましょうか」

 私より暖かな手にそっと触れる。当たり前のように握り返されたそれに、冷えも忘れてしまう。

「今日は私が淹れよう」

 それは楽しみです、と心からの言葉を返し、共に部屋へと向かう。
 
 〝恋人〟だろうが、〝夫婦〟だろうが、こうしてこの人の隣にいられれば。それに付随する名前など些細なことでしかないのだ。

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『芳しきは』 #本初
色っぽい話を目指しました。エンド後のお話です。




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 息を潜めて、大きく鳴り響く心臓を隠すように腕を抱え込んで。背中に触れる熱を必死に無視して、固く目を閉じる。でもそうすると、私の頭を撫でる時に付随する衣擦れの音と、彼の吐息がより大きく聞こえてしまう。

「――やはり、眠れぬか?」

 心配そうな声が、直接頭に響いて届く。それくらい、彼が近くにいるという事実に目眩がしそうになりながら、小さく頭を振った。

「今、眠れておらぬではないか」

 本初様が、息を漏らすように笑った。たった、それだけで。ただでさえ苦しい胸がぎゅっと締め付けられる。


 
 連日の暑さのせいなのか、寝付きが悪くなった。何気なく漏らしたその言葉に、では寝かしつけてやろうと言われたのが今日の昼間。勿論断ったけれど、「寝所を元に戻すだけだろう」と言われてしまえば断る理由もない。それに、少しでも長くいられるのは嬉しい――。昼間は、そんな呑気なことを考えていたのだ。
 そして今。やはり大丈夫だと断るべきだった、と小さく丸まりながら、ひたすら後悔をしていた。
 どう考えても、眠れるわけが無い。
 以前一緒に寝ていたときとは、状況が違うのだ。あの時よりも、もっと、ずっと。私の本初様に対する気持ちは、あまりにも大きく変わってしまった。

「あの――」

 せめて、この体勢だけでもどうにかならないだろうか。うっすらと目を開けて、自分の背中の方へと視線を向ける。夏用の薄い夜着越しに、本初様の腕と掌の熱がしっかりと伝わってくる。私は今、本初様に抱き抱えられる形で横たわっていた。
 頭を撫でるだけなら、わざわざ抱きしめなくてもよいと思うのだけれど。それをどう伝えるべきか考えを巡らせるが、肝心の言葉は出てこない。

「ん?」

 声が、近い。本初様から伝わる熱だけでなく、この声も思考を奪う要因になっていた。

「――う、腕、痛くないですか?」

 やっとの思いで出た言葉。私を抱き寄せている腕は、脇腹の下を通っている。つまり本初様の腕を下敷きにしているわけだが――。重く無いだろうか、と気が気ではない。

「心配せずともよい」

 そう言われても、痺れてしまうのではないかなと身じろぎする。すると、背中に触れる本初様の手が擦れるものだから、ぐっと息が詰まった。

「それに、こうしている方が心地良い」
「……」

 幸せそうに言われた言葉に、痛いほどの幸福が胸に満ちる。熱が、耳の端まで侵食していく。
 今の状況はこの上なく恥ずかしい。でも、好きな人からそう言われて嬉しくないはずもなく。この溢れる気持ちをどこに置いたらいいのかわからなくて、再度小さく身を丸めれば、本初様の首元に額を擦り寄せるような格好になってしまった。
 途端、濃くなる香り。
 どくどくと煩い自分の鼓動に耳を塞ぎたくなる。鼻腔に侵食する、知っているけれど知らないもの。甘い、人を惹き寄せる花の香りとはまた違う。熱を孕んだ、胸を揺さぶる匂い。

 ――本初様自身の、匂い。

 平静でいられない一番の理由は、この香りのせいだ。
 いつもの、金木犀の香りだったら、もっと普通に話すことだってできるのに。きっと、本初様の願い通り眠ることだって出来るのに。
 本初様の指が、淀みなく一定のリズムで私の頭を撫でる。
 そして、その指先からも、背中に触れる掌からも。額に触れる彼の熱い首筋から流れる脈も、どこにも乱れたものはない。
 私だけが心疚しく掻き乱され、触れる手の心地よさにも、身を委ねて眠ることができない。
 今、触れられている以上を望んでしまう。

 これ以上どうにかならないように、息を潜めて。この気持ちが漏れぬように身を抱えて。けれども、本初様がそこにいることを確かめたくて、額だけはより深い場所へと潜り込ませる。
 少しだけ乱れた相手の呼吸に、思わず愉悦が滲んでしまったのを自覚して、どうしようもなく泣きたくなってしまった。
 幸せなのに、苦しい。

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『春』 #本初
ハッピーエンド後の本初×巴です。魁四周年記念で書いた話の一つです。




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 朝の冷たい空気が、弾かれた弓弦に呼応して唸りを立てる。
 続いて的に当たる高い音。
 それを見つめ、目を閉じて。そして、こちらの視線を感じ取ったのか、彼女が振り返った。

「本初様」

 驚いた彼女の顔と声が愛らしくて、思わず頬が緩んだ。

「精が出るな」
「……はい」

 何か言いたそうにしながら近寄ろうとする彼女を制して、庭へと足を踏み出す。ざり、と小石が靴の底で擦れる感触。歩きながら大きく息を吸い込めば、今日は違和感なく冷たい空気が肺に満ち足りた。
 頭上には、細くたなびいた雲が朝陽を受け、その身を淡い紫色に染めている。ふと、どこかで鳥の鳴く声がした。
 春先の、胸がすくような朝だ。

「弓の鍛錬が終わったら、少し出かけるか」
「……大丈夫ですか?」

 彼女の元まで辿り着けば、心配そうに見上げられた。その瞳の奥が不安そうに揺れることが申し訳なく、でも自分の中の何かが満たされてしまうことに気がついたのはいつ頃だったろうか。自嘲して笑えば、彼女がつられるように相好を崩した。

「顔色が良いですね」

 暖かくなってきましたものね、と目を細める巴の頭を撫でた。柔らかな髪が心地よく、指の間をすり抜ける。

「ああ。だからたまには庭以外の散策にも付き合ってくれ」
「はい」

 返事をするなり弓を片付けようとする巴に、慌てて声をかける。

「よい。まだ終わっておらぬだろう」
「でも」
「お前が弓を放つところを見るのも好きなのだ」

 彼女が弓を引く姿は、早朝の張り詰めた空気と、春独特の柔らかな陽光によく似合う。
 本来なら殺生の道具だが、巴が手にすると全く別物のようだ。と思ったところで、それは当たり前かと一人納得する。
 彼女の弓がなければ、己は今こうして生きていなかったのだろうから――。
 巴は少し恥じらうように目線を逸らし、「では」と弓を持ち直した。

「あと十本だけにします」
「よいのか?」

 もう少し遠くから眺めるべきだったかと後悔していると、彼女がこちらを見上げた。

「本初様と早くお出かけしたいので……」

 あまりにもささやかな願いに、今度はこちらが目を見開く番だった。

「……そなたがわがままとは珍しいな」
「わ、わがままでしょうか?」

 焦り出した彼女の頬を笑って撫でた。

「いや、すまぬ。そなたのは違うな。わがままを言っているのは私か」
「そんなこと――」
「では、私のわがままを叶えてから、妻のわがままも聞くとしよう」

 敢えて揃えてそう言えば、彼女は不服そうに眉根を寄せ、「本初様のはわがままじゃないです」と呟く。以前なら見せなかったその表情と声音に、最初は形ばかりの夫婦も、長く寄り添うことで本物になれたような気がして。

「巴」

 溢れ出る愛しさを声に乗せて、名前を呼んだ。

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『七夕』 #本初
初めて書いた本初様でした。




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「七夕」

「本初様、お庭の竹を一本頂いてもいいですか?」
「構わぬが……。何に使うのだ?」
 書くものなら足りているぞ、と首を傾げられ、思わず笑いをこぼす。どうやら竹簡にするものと勘違いされたらしい。
 七夕について説明すると、風流なものだと本初様が顔を綻ばせた。
「どれ、私が切ってやろう」
「え、いいですよ!私がやりますから」
「……まだ伏せっている日があるとはいえ、女子のお前よりは力はあるぞ」
「そ、れは。……そうかもしれませんが」
 それを実感したときのことが脳裏に蘇り、思わず視線を逸らしてしまった。けれどそんな私に気づくことなく、本初様が立ち上がる。
「確か東の庭に大きいものが」
「あ、あの、立てかけないといけないので、小さめの方が。あと、誰かにお願いしますから──」
「……お前の望みを叶えたいという、私の願いは叶わせてくれぬのか」
 そんな目で、声で。言われて誰が断れるのだろうか。
「……お願い、します」
 根負けした私の言葉に、本初様が目を細めて、至極嬉しそうに笑うものだから。短冊に書く前に願い事が叶ってしまって、何を書こうと困って空を見上げた。

三国恋戦記 魁 編集

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