猫の額








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『これからは笑顔で』 #尚香 #仲謀
#三国恋戦記・今日は何の日 『ごめんねの日』
どこかのルートでこういう兄弟もいただろうな、という幕間のお話。




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「すまない」

 聞き間違いかと思うほどの小さな声に、耳飾りをの位置をいじっていた手を止め振り返る。兄の沈痛な面持ちが予想通りで、思わず笑みがこぼれた。何を謝る必要があるのだろうか。この家に女子として生まれたときから、意にそぐわぬ婚姻など覚悟すべきもの。それは兄のせいでもなんでもないのに。

「聞かなかったことにしますね」

 こんな状況ですまない、なんて誰かに聞かれでもしたら、折角の同盟に傷がつく。だが、それでも言わずにはおれない人だということもわかっている。そしてそれは兄だけではなく、今は亡き長兄も、父も――。同じように、私に謝っただろう。そういう、人たちだ。

『皆あなたには弱いものね』

 かつて呆れたように笑った母も、結局は私に甘い。家族が揃って過ごした日など片手で数える機会しかなかったけれど、揃えばいつも笑顔に溢れていたと思う。そう、私は愛されていた。否、愛されている。生まれ育ったこの地を離れても、きっとそれは変わらない。
 ふと熱くなった目頭に、顔を上げて耐える。いつもより念入りに整えた顔を崩すわけにはいかない。それこそ、同盟に要らぬ詮索を与えかねない。
 震えそうな唇を息を止めることでやり過ごし、短く息を吐いて吸い胆に力をこめた。

「兄上」

 毅然と見えるように、背筋をより意識し居住まいを正す。私とは違う色の目が、揺れながらこちらを捉えた。
 お元気で。いいえ、そんなありきたりの挨拶ではなくて。兄上の怒る声が聞けないのは寂しいです。それはだめでしょう。もっと、安心させてあげられるようなことを――。

「私は――、」

 一言発した瞬間、ああだめだ、と思う間もなく目から雫がこぼれ落ちた。

「兄上の妹で、幸せでした」

 平凡で、どこの家族でも交わされるような言葉しか言えない私の幼さが悔しくて。けれども、今だけはたった一人の、ただ家を離れるだけの妹でいたかったのかもしれない。
 頬を伝う熱に失望しながら、口角だけはと引き上げる。

「お元気で」

 こんなことなら練習しておけば良かったと、結局保つことのできなかった口元に手の甲を押し当てた。


 
 ごめんなさい。
 あなたが私のことを思い出すときは、かつての幸せな私でありますように。

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