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『知らぬは君だけ』 #本初 #孟卓 #公路 #孟徳
魁の本初ルートの面々を集めた『ティータイムは生徒会室で』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=...という本を出しており、その設定を使った小話ですwebオンリーイベントで公開していました。
****************
「クッキーを焼いてみたんです」
柔らかな日差しが差し込み、少しだけ開けた窓から入った風が、ふわりとカーテンを揺らす。
そんな穏やかな、ティータイムに相応しい心地良い午後の空気は、私が軽い気持ちで発した言葉で崩れてしまった。
その場にいた孟徳先輩、孟卓先輩、そして同学年の公路くんが、一斉にこちらを見たからだ。思わず、後ずさる。
「……あ、あの?」
「――それはさあ」
無表情のまま椅子に大きく背を預けた孟徳先輩が、頭の後ろで組んでいた手を解きながら口を開いた。
「調理実習とかで?」
横でファイル整理をしている孟卓先輩が、代わりに続ける。
「い、いえ……」
自宅で、彼らに振る舞うために作ったものだ。……これはもしかして、品質を疑われているのだろうか。
生徒会に入ってから、最初は驚いたお茶の時間にも慣れてきた。お菓子は大抵持ち寄りで、ある日もあればない日もある。昨日は日曜日で、何だか久々にお菓子作りをしたい気持ちになった。ただ、それだけのことだったのだけれど――。
途端に居た堪れない気持ちになりながら、無言のままの公路くんに視線を移す。すると彼は、眉間の皺をいつもより更に深くさせているではないか。
「……すみません、いらなかったで――」
「あーいやいや、違うんだ巴ちゃん」
孟徳先輩が明るい声とともに両手をぱっと広げる。にこりと笑ったその顔に、肩の力がほんの少し抜けた。
「俺たちさ、実はさっきお菓子を食べたばっかりで」
「そうそう。公路はダイエット中だし」
「なっ――!」
「……そうだったの?公路くん」
それは申し訳ないことをした、と彼を見れば、眉を吊り上げ怒っているような表情。
「そんなわ――」
「っていうことでさ」
孟卓先輩は、公路くんの両肩を後ろからぐいっと押しやりながら笑う。
「それ、本初と食べてくれない?」
◇ ◇ ◇
「勝手に! 人をダイエット中にしないでもらえますか!」
半ば無理やり、一緒に部屋を出るなり公路が叫ぶ。しかしそれは部屋の中の彼女には聞こえないよう、声量は抑えたものだ。
『用事を思い出した』と慌てて帰る俺らに、巴ちゃんは困惑の表情を浮かべていたが――。まあ、本初がすぐに駆けつけるのだから、問題ないだろう。横で孟徳がスマホを片手に、「返事はやっ」と笑った。
「だってお前、巴ちゃんを傷つけたいわけ?」
「だからって、僕を理由に使う必要はないですよね⁉︎」
「ないな」
「まあ、ないよな」
孟徳と二人、仕方ないだろう、と笑えば公路は鼻白む。彼だってわかっているのだ。
「あの場に本初がいなくて良かったな」
「まったくだ」
「……あなた達、兄上を何だと」
「へえ。じゃあお前巴ちゃんのクッキー、食べられたわけ?」
「……」
無言は何よりもの肯定だ。
「あー、何か甘い物食いたいな。公路、奢ってやるから付き合えよ」
「私は結構で――」
「あ、駅前に出来たカフェ、蜂蜜製品が売りらしいぞ」
「…………仕方ないですね。付き合ってあげますよ」
「よし、じゃあ決まり」
渋々と、けれど眉根の緩んだ正直な彼の肩から手を離す。
まあ、きっと。これから本初が味わうほどのものには、ありつけないのだろうが。
魁の本初ルートの面々を集めた『ティータイムは生徒会室で』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=...という本を出しており、その設定を使った小話ですwebオンリーイベントで公開していました。
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「クッキーを焼いてみたんです」
柔らかな日差しが差し込み、少しだけ開けた窓から入った風が、ふわりとカーテンを揺らす。
そんな穏やかな、ティータイムに相応しい心地良い午後の空気は、私が軽い気持ちで発した言葉で崩れてしまった。
その場にいた孟徳先輩、孟卓先輩、そして同学年の公路くんが、一斉にこちらを見たからだ。思わず、後ずさる。
「……あ、あの?」
「――それはさあ」
無表情のまま椅子に大きく背を預けた孟徳先輩が、頭の後ろで組んでいた手を解きながら口を開いた。
「調理実習とかで?」
横でファイル整理をしている孟卓先輩が、代わりに続ける。
「い、いえ……」
自宅で、彼らに振る舞うために作ったものだ。……これはもしかして、品質を疑われているのだろうか。
生徒会に入ってから、最初は驚いたお茶の時間にも慣れてきた。お菓子は大抵持ち寄りで、ある日もあればない日もある。昨日は日曜日で、何だか久々にお菓子作りをしたい気持ちになった。ただ、それだけのことだったのだけれど――。
途端に居た堪れない気持ちになりながら、無言のままの公路くんに視線を移す。すると彼は、眉間の皺をいつもより更に深くさせているではないか。
「……すみません、いらなかったで――」
「あーいやいや、違うんだ巴ちゃん」
孟徳先輩が明るい声とともに両手をぱっと広げる。にこりと笑ったその顔に、肩の力がほんの少し抜けた。
「俺たちさ、実はさっきお菓子を食べたばっかりで」
「そうそう。公路はダイエット中だし」
「なっ――!」
「……そうだったの?公路くん」
それは申し訳ないことをした、と彼を見れば、眉を吊り上げ怒っているような表情。
「そんなわ――」
「っていうことでさ」
孟卓先輩は、公路くんの両肩を後ろからぐいっと押しやりながら笑う。
「それ、本初と食べてくれない?」
◇ ◇ ◇
「勝手に! 人をダイエット中にしないでもらえますか!」
半ば無理やり、一緒に部屋を出るなり公路が叫ぶ。しかしそれは部屋の中の彼女には聞こえないよう、声量は抑えたものだ。
『用事を思い出した』と慌てて帰る俺らに、巴ちゃんは困惑の表情を浮かべていたが――。まあ、本初がすぐに駆けつけるのだから、問題ないだろう。横で孟徳がスマホを片手に、「返事はやっ」と笑った。
「だってお前、巴ちゃんを傷つけたいわけ?」
「だからって、僕を理由に使う必要はないですよね⁉︎」
「ないな」
「まあ、ないよな」
孟徳と二人、仕方ないだろう、と笑えば公路は鼻白む。彼だってわかっているのだ。
「あの場に本初がいなくて良かったな」
「まったくだ」
「……あなた達、兄上を何だと」
「へえ。じゃあお前巴ちゃんのクッキー、食べられたわけ?」
「……」
無言は何よりもの肯定だ。
「あー、何か甘い物食いたいな。公路、奢ってやるから付き合えよ」
「私は結構で――」
「あ、駅前に出来たカフェ、蜂蜜製品が売りらしいぞ」
「…………仕方ないですね。付き合ってあげますよ」
「よし、じゃあ決まり」
渋々と、けれど眉根の緩んだ正直な彼の肩から手を離す。
まあ、きっと。これから本初が味わうほどのものには、ありつけないのだろうが。
魁四周年記念で書いたものの一つです。
名前変換はなく、オリジナルの夢主です。
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「君は、好きな季節はあるのかい?」
少し離れた場所で手仕事に集中していた彼女が、ぴたりとその手を止めた。ゆっくりとこちらに向き直り、首を傾げる。
「……急に何のお話でございますか」
「いや、別に。少し気になっただけさ」
卓に頬杖をつきながら、格子窓の外を眺める。ここからは見えないが、生垣には鮮やかな花が咲き誇っているはずだ。
その花が咲くと、彼女──妻──に出会った頃のことを思い出す。あの花の前で、緩やかに微笑んだ姿を。
そしてその記憶はほんの少し、俺の罪悪感を刺激する。
「……人並みにはございます」
「へえ。いつだい?」
彼女らしい回りくどい答え方に笑いが漏れる。そして、贈り物と関係なく好みついて訊ねること自体、初めてかもしれないことに気がついた。そもそも、口数の少ない彼女
とは会話自体が少ないのだ。
更に妻は表情の変化も乏しい。笑顔など、記憶の中にあるそれぐらいだ。
それでいて冷たい印象は与えない。ただ、そこに静かにいる。
そんな彼女と共に過ごすのは、とても心地良かった。きっと、彼女が俺には何も求めていないからだろう。
それが、俺が初めて迎えた妻だった。
「……私の好きな季節などを聞いて、楽しいのですか?」
「楽しい、楽しくないではなく、ただの暇つぶしだよ」
"彼女好み"の返答を返す。君個人に大して興味はないのだと示す方が、彼女は落ち着くように見えるからだ。
想い人がいながら、張家に嫁がなければならなかった彼女に対して、俺が出来る数少ないことの一つ。
「……今の季節、です」
珍しく戸惑いの色が混ざったその言葉に、彼女を盗み見た。
彼女の視線は格子窓の方へと向けられているせいで、表情まではよくわからない。
──庭にある花は、彼女の想い人が好きな花だった。
二人が、あの花の前で笑いあう姿を、今でもはっきりと覚えている。
「へえ」
思いの外冷えた声が出て、慌てて身を正す。面白くないなどと、一瞬でも思った自分に動揺する。
今の声音に妻が気づいたのかはからないが、居心地の悪さに適当なことを言って誤魔化そうと口を開きかけたときだった。
「あなたの」
「え」
「好きな花が満開になりますから」
それだけ答えると、また彼女は手元の針仕事に意識を戻した。
その様子を、卓越しにぼんやり眺める。
「……そうか」
「はい」
「そう、か」
「はい」
間抜けに言葉を繰り返しながら、一度停止した思考を懸命に動かそうとする。
──俺が好きだから?
あの花を好きだと思ったことなど一度もないのだが、とかく彼女にはそう見えているらしい。
彼女は話しかける前と寸分違わず、淀みなく手を動かしている。
ほんの少し薄れた罪悪感のせいだろうか。思わず緩みそうになる頬を手で抑える。
「……そっか」
「はい」
意味のない言葉にも律儀に返す相槌が心地よくて、自然と上がる口角に素直に従った。