猫の額








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『つめたくてあつい』 #公瑾
初めて書いた公瑾でした。




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 蝉の声だ。じわりと肌に浮かぶ汗。張り付く衣服をはたはたと動かしていると、耳慣れた音がしていることに気が付いた。書き物の手を止め、窓辺に寄って蝉の姿を探してみるけれど、見つからない。
「花、……どうしました?」
 開け放たれたままの扉の前で、恋人が不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、いえ。蝉がいるなと思って」
「蝉、ですか。お好きなのですか?」
「そういうわけではないんですけど。どこにいるのかなって探してました」
「私は苦手ですね。うるさくて頭が痛くなりそうな時があります」
 顰めた顔に、らしいなと思わず笑ってしまう。
「それはそうと──。一休みでもと思って、これを持ってきました」
 そう言われて、公瑾さんが持っていたものに初めて意識を向けた。と同時に驚く。
「かき氷ですか!?」
「……かきごおり、というのですか? あなたの国では」
 少し残念そうな声よりも、興奮が勝り首を縦に振る。
「はい。ここにも氷ってあるんですね」
 まさかの懐かしい食べ物に、どうしたって心が浮き立ってしまう。しかもこの暑さ。
「……溶ける前に食べましょうか」
 円卓に座り、どうぞと勧められるがままに匙を手に取る。少し端が溶け始めており、掬った氷がきらりと光った。
「〜〜〜~っ、おいしいです」
 冷たさが口内にじんわりと広がり、一気に体温が下がったように感じる。上にかかっているのは、蜜を煮詰めたものだろうか。現代では食べたことのない組み合わせだけれど、氷に良く合っておいしい。何よりこの冷たさに感動していると、彼がふっと笑った。
「あ、公瑾さんも。溶けちゃいますよ」
「そうですね」
 公瑾さんが氷を口に運ぶ様子を眺めながら、氷よりも彼を見ている方が涼しいかもしれないと思い直す。この人の所作は暑さを感じさせない。
「どうしました? 溶けてしまいますよ」
 同じ言葉を返されたことに笑いながら、慌てて二ロ目を掬う。──おいしい。
「──お好きなようで良かったです」
 恋人の穏やかな笑みに、思わず自分の頬も緩む。自分のために用意してくれたのかなと思うと尚更嬉しい。
「氷って、貴重なものなんじゃないんですか?」。
「ええ、まあ。でも貴方が喜んでくれて良かった」
 本当は驚かせようかと思っていたのですが、と彼は付け加えた。
「また用意しますよ」
「……ありがとうございます。でも」
 食べる前に溶けてしまった、きらきらと波立つ残りを見つめながら伝える。
「公瑾さんとこうして休憩できれば、それが一番嬉しいので」
 自分のことを思ってしてくれることはやっぱり嬉しいけれど。ただ休憩を共にしようと思い出してくれるだけでも十分だから。
「……貴方は」
「?」
「……いえ、本当に贈り甲斐のない人だなと思いまして」
「え、っと……すみません」
 よくわからないままに謝ると、呆れたように、でもとても優しい顔で彼が笑った。
「貴方のそういう所が好ましいと言っているのですよ」
 じわりと溶け出す氷に呼応するように、体温が上がっていくような気がする。
 何かさらりと言われた。公瑾さんを盗み見れば、やはり涼しい顔でかき氷を口に運んでいる。何だか少し悔しくて──。
「……私も。公瑾さんのわかりにくいところ、……好きですよ?」
 一拍置いて、公瑾さんが盛大にむせた。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「ぐっ、げほ、だ、だいじょ、ぶ、です……」
 お水お水と騒いでいたから、小さな声で呟かれたそれを聞き逃してしまった。
「……本当に敵いませんね、貴方には」

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