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『秋』 #仲穎
エンド後のお話。魁四周年記念で書いた作品の一つでした。
****************
まるで昼間かと見紛うほどの月明かりに、思わず目を細めた。
そこに涼しい、というには頃合いの過ぎた冷たい風が吹きすさぶ。
隣を見れば、寒そうに貂蝉が身を震わせていたものだから、思わず笑いが零れた。
「だから言ったであろう」
風邪を引かせぬ内に戻ろうと背を押すと、もう少しだけ、と彼女は小さく呟いた。
山間から昇った月を外で見たいと、二人揃って出てきたところだ。
陽はすっかり暮れているから、私達以外に人影はない。転々と一定の感覚で離れて立つ庵からは灯りと、風に乗って笑い声が漏れ聞こえてくる。
「満月だからなのか、月が近く感じますね」
「そうだな……」
声だけは穏やかに相槌を返しながらも、組んだ腕に軽く指を食い込ませた。
――明るい場所は落ち着かない。
昼間はさることながら、夜でも眩しいほどの月明かりの元では、同じように心が掻き乱される。ある一点を境に記憶がないものだから、何故こうも明るいと息が詰まるのかはわからない。同様に人前に姿を現すのも、酷く億劫であった。
貂蝉はそんな私を不審がることもなく、外の用事を率先して引き受ける。
きっと、〝そうである〟理由を知っているのであろう。
「綺麗ですね」
ねえ、仲穎様。
月明かりですら辛いことを知らぬ貂蝉が、私の名前を嬉しそうに呼ぶ。振り向いたその瞳に入り込んだ月光は柔らかく、この世の何よりも美しいと思う。
気づけば胸のざわめきは散り、力が抜けていた。辺りには、シンシンと鳴く虫たちの声が、高く低く心地よく響いている。
「……そうだな」
月ではなく貂蝉に向けた言葉だったが、気づくはずもない。彼女はその返事を同意と捉えて一層目尻を下げる。そこに冷えた風が一際強く吹き、周囲のすすきを大きく揺らした。
やはり寒そうに肩をすくめた貂蝉に、己の肩掛けを掛けてやる。彼女は驚き、首を振り拒否した。
「風邪を引いてしまいますよ」
その言葉に、僅かな苛立ちを自覚する。
どうしてこう、己より私のことばかり心配するのだろうか。
眉を顰めながら、手を伸ばし彼女の頬を挟む。彼女の美しい瞳が驚いたように見開かれた。――何故。彼女の瞳を覗き込むと、深い安堵が広がる。
「そなたの方が冷えているぞ」
指先から伝わる冷たさを咎めるように口にすれば、貂蝉の瞳が揺れ、明らかな動揺が走った。少し強く言い過ぎたか、と躊躇っていると、彼女の目尻に涙が浮かんだ。
「……どうした」
悲しいとも違う、怯えですらない。彼女の涙と表情の意味を測りかねて、屈んで目線を合わせる。ゆっくりと頬を撫でれば、とうとう濡れた眼を閉じて、唇を震わせた。
時折、こうして言葉を失うことがある。泣きそうであったり、今のように涙を溢すこともある。私の知らない、過ぐる日のことを思い出しているのであろう。
そして、彼女は決してそれについて口にはしない。
ゆっくりと再び瞳を開けたときには、いつもの貂蝉だった。
「……何でもないんです」
小さく呟くと、貂蝉の冷えた指先が私の頬を包み込んだ。
「――仲穎様にこうされるの、とても好きです」
「……そうか」
触れてはならぬものがある。
こんなに近くにいても、体温を分け合っていても。どんなに心を通わせても。〝それ〟に行き着いてしまえば、終わってしまう。否、終えねばならない。そんな気がする。
「私もだ」
暴かぬことで彼女が幸せになるのであれば、それで良い。一際甲高く鳴った虫の声が、まるで咎めるように響き渡った。
エンド後のお話。魁四周年記念で書いた作品の一つでした。
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まるで昼間かと見紛うほどの月明かりに、思わず目を細めた。
そこに涼しい、というには頃合いの過ぎた冷たい風が吹きすさぶ。
隣を見れば、寒そうに貂蝉が身を震わせていたものだから、思わず笑いが零れた。
「だから言ったであろう」
風邪を引かせぬ内に戻ろうと背を押すと、もう少しだけ、と彼女は小さく呟いた。
山間から昇った月を外で見たいと、二人揃って出てきたところだ。
陽はすっかり暮れているから、私達以外に人影はない。転々と一定の感覚で離れて立つ庵からは灯りと、風に乗って笑い声が漏れ聞こえてくる。
「満月だからなのか、月が近く感じますね」
「そうだな……」
声だけは穏やかに相槌を返しながらも、組んだ腕に軽く指を食い込ませた。
――明るい場所は落ち着かない。
昼間はさることながら、夜でも眩しいほどの月明かりの元では、同じように心が掻き乱される。ある一点を境に記憶がないものだから、何故こうも明るいと息が詰まるのかはわからない。同様に人前に姿を現すのも、酷く億劫であった。
貂蝉はそんな私を不審がることもなく、外の用事を率先して引き受ける。
きっと、〝そうである〟理由を知っているのであろう。
「綺麗ですね」
ねえ、仲穎様。
月明かりですら辛いことを知らぬ貂蝉が、私の名前を嬉しそうに呼ぶ。振り向いたその瞳に入り込んだ月光は柔らかく、この世の何よりも美しいと思う。
気づけば胸のざわめきは散り、力が抜けていた。辺りには、シンシンと鳴く虫たちの声が、高く低く心地よく響いている。
「……そうだな」
月ではなく貂蝉に向けた言葉だったが、気づくはずもない。彼女はその返事を同意と捉えて一層目尻を下げる。そこに冷えた風が一際強く吹き、周囲のすすきを大きく揺らした。
やはり寒そうに肩をすくめた貂蝉に、己の肩掛けを掛けてやる。彼女は驚き、首を振り拒否した。
「風邪を引いてしまいますよ」
その言葉に、僅かな苛立ちを自覚する。
どうしてこう、己より私のことばかり心配するのだろうか。
眉を顰めながら、手を伸ばし彼女の頬を挟む。彼女の美しい瞳が驚いたように見開かれた。――何故。彼女の瞳を覗き込むと、深い安堵が広がる。
「そなたの方が冷えているぞ」
指先から伝わる冷たさを咎めるように口にすれば、貂蝉の瞳が揺れ、明らかな動揺が走った。少し強く言い過ぎたか、と躊躇っていると、彼女の目尻に涙が浮かんだ。
「……どうした」
悲しいとも違う、怯えですらない。彼女の涙と表情の意味を測りかねて、屈んで目線を合わせる。ゆっくりと頬を撫でれば、とうとう濡れた眼を閉じて、唇を震わせた。
時折、こうして言葉を失うことがある。泣きそうであったり、今のように涙を溢すこともある。私の知らない、過ぐる日のことを思い出しているのであろう。
そして、彼女は決してそれについて口にはしない。
ゆっくりと再び瞳を開けたときには、いつもの貂蝉だった。
「……何でもないんです」
小さく呟くと、貂蝉の冷えた指先が私の頬を包み込んだ。
「――仲穎様にこうされるの、とても好きです」
「……そうか」
触れてはならぬものがある。
こんなに近くにいても、体温を分け合っていても。どんなに心を通わせても。〝それ〟に行き着いてしまえば、終わってしまう。否、終えねばならない。そんな気がする。
「私もだ」
暴かぬことで彼女が幸せになるのであれば、それで良い。一際甲高く鳴った虫の声が、まるで咎めるように響き渡った。
#三国恋戦記・今日は何の日
『お正月』
ルート途中での、仲巴のお正月(らしさはあまり)。
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吐く息が白いのは、肺から凍っているからなのかもしれない。
そんなくだらないことを考えていないと、肌に刺さるような重苦しい沈黙に押しつぶされそうだった。
仲穎様の後ろに控えるこの瞬間は、針のむしろという言葉がぴったりだと思う。目線をあげることもできないまま、固く唇を引きむすび、震えそうになる手に力を入れることで何とかやり過ごす。
身じろいだ際にちらりと見えた、知っている赤い髪につられて焦点を合わせ――そして後悔した。彼の顔は以前見かけた時とは全然違う、苦々しいものだったから。
でも。
この中にいる誰よりも、私の気持ちに近いような気もして、ほんの少しだけ呼吸がましになる。
「すべては、帝のために」
けれども、低く、低く底を震わすような声に、あっという間に喉が狭まった。この世界で誰よりも近しいはずの人の声なのに、この壇上で発するものはまだ恐怖に似たものを伴う。
仲穎様の声を合図に、広間中に衣ずれの音が響き渡る。それぐらいしか音の出るものがないのだ。誰も彼も、息を潜めてこの瞬間を堪えている。震えそうになる手をしっかと握りしめ、恐る恐る目線をあげる。赤い盃を皆が頭上に掲げたその光景は、ある意味圧巻だった。
今日は新年。新しい年を祝う日。
広間に集った人々の装いも、目の前に立つ仲穎様の衣も、晴れ着であることが知識のない私にもすぐわかる。
ただ、『ハレの日』とはとても言い難い雰囲気が重く重くのしかかり、目線をあげることもままならない。
本来ならば宴会が開かれるらしいのだが、「祝盃のみで終わらせる」とどこか満足そうにこぼした仲穎様の顔を思い出す。敢えて何もしないことが、彼にとっては大事なのだろう。
唐突に、仲穎様の手がすっと下がり、お酒が注がれた盃が卓の上に戻された。
一瞬の、声のないどよめき。
掲げた手とは違い、まばらに下がる手。ことことりと、卓の上に戻される盃。帝のために、と掲げたものをそのまま下ろす意味は、私にはわからない。それでも、いつもと同じように壇上の隅に立ちこの一連の行為に参加しなくてもよい立場を、心の底から良かったと思ってしまった。――きっと、これはとても酷いことだ。
「戻るぞ」
「……」
立ち上がり踵を返すなり、私だけにかけられた声。え、と思わずもれそうになった声をこらえて、道を開けるために更に後へ下がる。仲穎様が通り抜け、その後についていくために皆に背を向けた瞬間、やっと満足に息をつけた。
「貂蝉。茶を」
自室に戻るなり、〝いつも〟の柔らかな声音に戻った彼に、緊張が解けた反動で目尻に涙が滲みそうになる。
けれども、「はい」と応えた私の声が思った以上に弾んでいて、涙が緊張のせいだけではないことを悟ってしまった。
私は、嬉しいのだ。今しがたの行為が何を意味するのかわからないと目を逸らしながら、仲穎様のそばでこうして過ごせることを、何よりも愛しく思っている。仲穎様が、他の人にとってどんな存在であろうとも。皆の無言の圧力と、腹の底から冷え切るような悪意を感じても。あの冷たく暗い声が怖くても。
「――どうかしたか」
湯を沸かす手が止まった私を訝しんだ仲穎様が、わずかな心配を滲ませて声をかける。
「いえ」
彼の罪を知りながら、それでも胸が弾むほどの喜びを覚える私の浅ましさにがっかりする。
「寒さで手がかじかんでいるみたいで」
それでも、嘘を織り交ぜたとしても、あなたのそばで笑う私を選んでしまう。