猫の額








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『前途多難』 #ロベルト
恋愛エンドの後のお話です。




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 さらさらと淀みなく美しい文字が綴られていく音を聴きながら、こっそりため息をついた。
 困ったものだと、ちらりと目線を上げる。紙面に目を落とした彼の横顔は、最近知った表情かおだ。
 ギャンブルに興じているときとは違う。敵を前にしてるのとも違う。私に甘えるあの子どものような表情かおとも、もちろん違う。
 たった二五日の付き合いの中で知ったそれらは、婚約を約束してしまうほど、どれも大好きな彼の姿だ。
 だというのに、ここに来てまた。まさか、こんなことで頭を悩ませる日が来るとは思わなかった。

「……アイリーン?」

 どきりと、心臓が音を立てる。

「もう終わったんですか?」
「あ、えっと」

 こちらに気づいた彼から目を逸らし、わたわたとペンを握り直す。頬の熱さを自覚して、誤魔化すように髪を掻き上げる。

「ちょ、ちょっとわからないとこがあったから――」
「え、すみません。訳間違えちゃったかな」

 ずい、と近くに寄ったロベルトの気配に思わず緊張してしまい、もう一度ため息をつきたくなる。

 ――結婚するっていうのに、こんな調子でどうするのよ。

 問題の箇所を指し示しながら、また書面に向き合ったロベルトを盗み見る。
 彼の長い睫毛も通った鼻筋も、形の良い唇も、さっきよりも近いことに動揺しながらも目が離せない。
 とはいえ、私を悩ませているの彼の容姿ではない。その、中身だ。
 字の美しさも、様々な言語に通じていることも、何も知らなかった。当然だ。だって、私と彼はまだ出会ったばかりと言っても過言ではないほどの期間しか過ごしていない。
 頭の回転が速い人だ。必要なものと、そうでないものを切り捨てる判断力もある。
 ロベルトのことを、見た目だけなら王子様に見えなくもない、と思ったことがある。それが、時期国王候補。
 彼は興味がないと断言していたが、中身が統治者として相応しいものだと確信している。
 国王として君臨する彼はどんな風だろう。
 きっと、ギャンブルをしている表情とは違うはずだ。勝負に己を賭け、表面上は楽しそうに見えて、その瞳の奥は冷静に状況を見極める。ギリギリのところでスリルを楽しむ彼の姿は、余裕そうに見えて、実に危うい。それこそを楽しむ姿を思い浮かべて、先程と同じぐらい胸が高鳴ってしまい――。今度こそ、ため息が我慢できなかった。

「……さっきから、どうかしたんすか? プリンセ――じゃなかった」

 名前で呼んで、と言ってからまだ日も浅い。彼は一つ咳払いをして、畏まりながら言い直す。

「アイリーン」

 やや照れながら言い直す姿すら、胸が締め付けられてしまう。

「――大丈夫じゃないかも」

 これから先この人に、何度恋に落ち続けるのかしら。畳む

アラビアンズ・ロスト 編集

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