猫の額








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#ユリウス
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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「……私、何か失敗した?」

 そう訊くと、ユリウスは驚いたように目を見開いた。眼鏡の奥の瞳がわずかに揺れる。

「何故だ?」
「だって、さっきから、何か……」

 何か、不機嫌だ。
 いつも愛想がいい人ではない。特に仕事中は眉間に皺を寄せて作業するため、怒っているようにすら見える。
 それでも、息抜きのために持っていくコーヒーを飲むときだけは、ほんの少し、その表情が緩むのに。
 だから、コーヒーを淹れた。休んで欲しくて。なのに、コーヒーを飲んでも何も言わないどころか、顔は強張ったまま。疑問に思うのは当然ながら、こちらが不機嫌になってしまう。

「不味そうに飲んでるわ」
「そんなこと――!」
「ない?」
「ああ。ない」

 きっぱりと断言されて、コーヒーが不味いわけではないんだと胸を撫でおろすも、違和感は消えない。

「じゃあ、私仕事で何か間違えた?」
「そうではない。お前はよくやってくれている」
「じゃあ、」
「だから、お前のせいじゃなくて……」

 そこまで言って、ユリウスは溜息をつく。まだコーヒーが半分以上入ったカップを、作業台にことん、と置いた。
 冷めてしまうわ。
 おいしい、と言葉には出さなくても、ユリウスが私のコーヒーを喜んで飲んでくれるのは態度からわかるし、彼は意外とわかりやすい人だということも知っている。その様子を思い浮かべて、丁寧にコーヒーを淹れる。今まで、飲み物にこんなに神経を使うことも、誰かを想いながら淹れることなんてなかった。だから、コーヒーを淹れるという行為は、私の中でいつしか特別になっていた。

「……別にお前のせいではないんだ」
「じゃあ、何でそんなに機嫌が悪いの?」
「悪くない」
「悪いわよ」
「……少し、疲れただけだ」

 そう言う彼の横顔は、本当に疲れて見えた。イライラしていた気持ちが、心配に切り替わる。

「休んだ方がいいんじゃないの?」
「大丈夫だ」

 そう言いながらも、目頭を押さえる表情は暗いまま。どう見ても辛そうなのに、大丈夫だなんて言われると、突き放されたように感じてしまう。
 心配がまた、不満に変わる。自分を大事にしないユリウスにも、彼の行動に口を出せるような仲でもないという現状にも――。
 理不尽な怒りを自覚して目線を逸らせば、存在を忘れられたままのコーヒーが目に入った。

「……じゃあ、好きにしたら?」

 最悪だ。こんな態度をとれば、ユリウスが更に気を揉むかもしれないのに。
 コーヒーも心配も、私がやりたくて勝手にしていることだ。なのに見返りを期待するなんて。自分が幼くて嫌になってしまう。けれど、彼に謝る言葉が出てこなくて、苦い気持ちのまま踵を返したときだった。
 足が、床から浮いた。悲鳴をあげる間もなく、身体が後ろへと傾く。
 ユリウスに腕を引かれ、抱き留められていたことに気がついたのは、彼の腕の中に納まった後だった。

「すまない。……お前の、せいじゃないんだ」

 間近で響く、ユリウスの声。謝らなきゃいけないのは私の方なのに。

「その、エースが……。くだらないことを言っていて、それで」
「あ、ああ。エースね。いつもいつも、本当に困るわよね」

 鎖骨辺りにかかる、ユリウスの腕が思った以上に大きくて、早口で中身のない話題を並べ立てる。ほのかに香るコーヒーの匂いに気が付いて、どくりと心臓が大きく鳴った。
 混乱しているせいだろうか。
 エースがどうとか言っていたけれど、それとこの今の体制は、何か関係があるのだろうか。後ろから抱きかかえられて、じわじわと熱が上がっていく。彼は何も言わない。私も、何も言えない。
 背中からわずかに響くのは、乱れのない時計の音。でも、ユリウスの吐息はわずかにそれとずれていることに気が付いて、また心臓が大きく音を立てる。

 ――駄目。

 目をつむって、息を潜める。この、心臓の音が聞かれてはならない。また、何事もなく、コーヒーを淹れて、たまに彼の仕事を手伝って。そんな日常を続けたければ。
 この乱れた音を聞かれるわけにはいかない。






09 他の人が君を好きだと言っていた

ハートの国のアリスシリーズ 編集

『いつかの束の間』 #ユリウス
ハート時計塔ED後ののユリアリです。(多分)ハッピー寄り。




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「どこか、出掛けるか?」

 急な私の言葉に、アリスはコーヒーを置こうとしていた手を宙で止め、目を瞬かせた。ふわりと香ったそれに、今日も心を込めて淹れてくれたであろうことを思い、胸がいっぱいになる。
 ただ役目をこなすだけの日々しかないはずだったというのに。こんな感情に包まれる日がくるなど、思いもしなかった。

「――今、何て?」
「……嫌ならいい」

 満ち足りた気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉が出る。こればかりは、変わりそうもない。アリスは慌てて、嫌なんて、と首を振り――そして笑った。

「すごく、すごく嬉しいわ」

 頬を染め、目尻を下げて。幸せとしか言い表せない顔に、口元が緩むのを自覚した。

「行く場所はお前が選べ」
「でもユリウス。お仕事は大丈夫なの?」
「お前と少し遠出するくらい、構わない」

 もう、仕事しかなかった私ではない。ちょっと待って、と真剣な顔で悩み出した彼女の姿を小さく笑い、道具を箱に仕舞う。そう、役目のことを一瞬でも忘れられるほど、大切なものができたのだ。

「えっと……、遠出ってことは時間帯が変わるようなところでもいいの?」

 その方が人も少ないかしら? ちらりと伺うようにこちらを見る彼女に、緩く首を振る。

「どこでもいい。私のことは気にせず、お前の行きたいところにしろ」

 ちょうど大きな案件を終え、落ち着いたところだ。これを逃せば、いくら彼女に時間を割きたかろうが、ままならないこともある。
 私と違って、いつか終わりが来る彼女との時間は限られているのだ。
 彼女に少しでも幸せな瞬間を増やしてあげたいし、その姿を焼き付けておきたい。
 それが『いつか』の日を、どれだけ辛いものにしようと、後悔はしない。それ以上に有り余る幸せを、彼女はくれたのだから。
 淹れてくれたコーヒーを口に含めば、予想通りの求めた味で。曇った眼鏡ですら、心を和ませる。

「私が、コーヒーを飲んでいる間に考えておけ」

 焦らせぬよう、ゆっくり言葉を紡げば、また彼女が微笑んだ。



 この愛しさを含んだ眼差しを、いつまでも覚えていようと思う。

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『幸せの、』 #ユリウス
「ハートの国のユリアリ(甘い感じ)」のリクで書きました。二人が幸せであればあるほど私一人胸がい。




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 おそらく、きっと、そこそこ高い場所にあるであろう塔の一室。展望台まで上がれば吹く風も、この部屋の窓ガラスを揺らしはしない。まだ湯気の立つコーヒーカップを手に外を覗き込めば、ああこんなに高かったのか、と広場や領土を見渡すことができる。けれども、喧騒も何かもここには届かない。
 だからこの部屋に響くのは、ユリウスが立てる工具の音ぐらいだ。
「……どこか、出掛けるか」
 唐突に掛けられた声に振り返れば、作業用の小さな眼鏡をかけたユリウスが、じっとこちらを見つめていた。何か言いたそうな『音』だなとは思っていたが、デートのお誘いだったらしい。気恥ずかしそうに提案されるそれに、笑って小首を傾げた。
「どこか出掛けたいの?」
「いや、そういうわけではないが」
「じゃあ、別にいいわ」
「…………」
 返ってきたのは、想像通りの渋い顔。
 何度か誘われるままに、あるいは誘って外に出てみたし、それも楽しかった。でも、帰ってきたときのほっとする感じを思うと、やはり私もユリウスも、ここで過ごす時間が一番ではと思うのだ。
「私に付き合って、しばらく外に出ていないだろう」
「まあ、ね。でも、別に今出掛けたい気分でもないの。買い出しも特にないしね」
 話しながら、お揃いのカップを手に持ったまま窓から離れる。どこかに出かける気になっているのなら、おしゃべりを楽しめる余裕はあるだろう。ユリウスの作業机の横の、私用にと増やしてくれた椅子に腰掛ける。カップを置けば、コトリと柔らかな音が鳴った。
「こうして、ユリウスの仕事を眺めてるのが一番好きだし」
「……本当に変なやつだな、お前は」
 眼鏡の下の目元を赤らめながらも、下げられた目尻。以前なら、同じセリフでも、もっと素気なく言われたはずだと思うと、変わった関係に口元が自然と緩んでしまう。
「出掛けたいときは誘うから、そのときは付き合ってちょうだい」
 ――今は、ここがいいの。
 そう告げれば、彼は柔らかに息を吐いて、リボンを避けて私の頭をくしゃりと撫でた。大きな手の下から合った目線にお互い小さく笑い、ユリウスは作業を開始する。
 再び、小さく緻密な金属音が部屋の中を満たしていく。
 ユリウスらしい、丁寧で、淀みのない、安心する音。
 ここにしかない音を聴きながら、満ち足りた胸で息を吐いた。

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