猫の額








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#ボリス
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録




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 やらなくてはいけないことがあった。


 目を開ければ、暗闇。夜の時間帯が続いているのかもしれない。横からは、規則正しい寝息。
 手を伸ばし、そっと柔らかな髪に触れれば、彼はうぅ、と小さく呻いてみじろいだ。本物の猫みたい。というか、やはり猫の類いに相当するのだろうか。くすりと笑いながら、健やかな寝息を立てる彼の顔を見つめて、目覚める前に浮かんだ思考を追う。
 あんなにもやらなくてはいけないと思っていた事は、何だったのだろう。
 結局ボリスといたくて、この世界に残ることになってしまった。後悔は――ないとは言い切れないが、これで良かったと思っている。でも、疑問は消えない。
 私は、何をしなきゃいけなかったんだろう。

「……ありす?」

 寝ぼけた声とともに、腕が伸び引き寄せられる。ベッドの中は、大きな猫がいるせいかとても温かい。

「ごめんね、起こしちゃった?」
「……また、変なこと考えてない?」
「変なこと?」

 耳を触ったり、尻尾を掴んだりってこと? 彼は猫と同じで、耳や尻尾を触れられるのを嫌がる。

「そういう意味じゃなくってさぁ……」

 舌ったらずだった声が、段々とはっきりしてくる。

「帰りたい、とか。そういうこと」
「あぁ」
「何、その言い方」

 呆れたような私の返事に、ボリスが拗ねる。でも仕方がないことだ。どんなに帰らないと言っても、ボリスはすぐに疑う。いい加減、その辺りにはうんざりしていた。いつまで経っても信じてくれない。

「考えてないわ。いつもそう言ってるじゃない」
「でも、元の世界のことを考えてただろ」

 怒ったような声に、ボリスの身体に身を寄せる。そのくらいで鎮まらないことはわかっているが、嘘はないのだと態度でも示したかった。

「考えても、帰りたいってことにならないわ」
「そんなのわからない」
 一体どうすればいいんだろう。面倒だなと思いながらも、こういう風に執着されることを、喜んでいる自分もいる。私って本当に面倒な子だわ、と少し自己嫌悪に陥る。
「私、帰らないわよ?」
「……信じたいけどさ」

 更に強く抱きしめられて、ボリスの髪が頬にあたる。ボリスがこんなに不安になっているというのに、温かさと柔らかさが、睡魔を呼び寄せる。とろりと瞼が落ちた。

「あんたは真面目だから――って、アリス?」
「う……ん?」
「……きーてる?」
「何か、眠くなっちゃって」

 腕を彼の背中に回せば、更に眠気が深まる。難しいことは考えないで、このまま寝てしまう方が良い気がする。

「……あんたってさぁ、酷いよね」
「今更だわ」

 知ってたでしょ、と夢うつつに返す。
 まぁね、とボリスの柔らかい声が降ってきた。


 やらなくてはいけないことが、あった気がする。でも、忘れてしまった。ボリスが、忘れさせたから。だって、ボリスがいなければ、きっと私は元の世界に帰っていた。
 これは責任転嫁だ。だが、ボリスは引き受けてくれるだろう。そのくらい信用しているし、依存している。
 もし、ボリスがいなかったら。会わなかったら。元の世界に帰って、やるべきことをしていただろう。たとえ、それが辛いことであったとしても。そう、すべきだから。

「……共犯、よね」
「はあ? 何が?」

 ボリスも眠たくなったのか、声が間延びしている。何でもない、と頬をすり寄せると、優しくキスをされた。
 ここはあまりにも温かすぎて、何も考えられなくなってしまう。

「おやすみ、アリス」
「おやすみなさい」

 これが夢なら、もう一生覚めなくていい。





08 此の恋は私と貴方だけの甘い罪


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『理由は何でも』 #ボリス
「ジョカアリのボリアリ(甘々)」のリクで書いたものでした。




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「ね、ねえっ。もう、おまじないはいいわよ」
 焦って出たうわずった声に、猫の嗜虐心が刺激されたらしい。きらりと光った瞳にしまった、と頭を抱えたくなったが、いくらこの変な世界でも時は戻らない。

 遊園地から少し離れた森の中。大木の根本、ではなくその上の方のどっしりした枝に、私とボリスは並んで腰掛けていた。友人の頃と変わらない距離感で談笑していたというのに、ふわりと間をすり抜けた生ぬるい風が合図だったのだろうか。彼は急に距離を詰めたかと思えば、「おまじない、しておかなきゃね」と耳元で囁いた。耳に当たった吐息と、打ち身の痕を『おまじない』と称してあちこちに口づけられていた件を思い出し、ひゅっと息が詰まる。続けて浮かんだのは、あまりにも生々しい記憶。それらに焦ったまま口を開く。
「き、効いてるわ! もう全然痛くもないし、痕も残ってないし――」
「へえ。おまじないの痕も?」
「……え、ええ」
 残って、いない。綺麗さっぱり消えているのは、今朝(と言うべきか)確認済みだ。そして、私は逃げ場のない木の上でじりじりと追い詰められている。背中が、硬い木にぶつかった。
「じゃあさ、確認させて――」
「――ボリス」
 だけれど、良い加減しつこい。
 意図的に思いっきり声音を落とせば、にゃはは、と誤魔化すように彼は軽く笑った。無理強いするようでいて、引きどころは心得ている猫だ。腰に絡みついた腕はそのままだが、ぐいぐいと迫る気配は消えた。
 ほっと息を吐いて居住まいを正せば、ギィっと幹が音を立てたけれど、すっかり高いところに慣れた私には何てことはない。
「ねえねえ、じゃあさ」
「……何よ」
 今度は何だと、ややうんざりしながら返せば、腰に絡んでいるのと反対の手が、私の右手をそっと持ち上げる。そして、そのまま手の甲にチュッと口付けた。
「……何?」
「好きだよ、のキス」
「…………」
 意味わかんない。
 そう突っ返したいのに、首から上が暑過ぎて、言葉が詰まって出てこない。通り抜けた風が、さわさわと葉を揺らす。
「――おまじないは、いらなくてもさ」
 小首を傾げた、猫の金色の瞳が怪しく光る。
「キスならいいだろ?」
 視線に射抜かれ、どきりと心臓が大きな音を立てる。――高い木の上にいたって平気になったのに、相変わらずボリス本人には、いとも簡単に乱されてしまう。
「……場所によるわ」
 悔しい。そんなことを思いながら、やっとのことで絞り出した言葉に、ボリスが息を吐くように笑った。
「一応聞くけどさ、それ、どっちの意味で?」
「どっ……ち?」
 問われている意味がわからず頭を傾ければ、猫はニヤリと口端を上げた。
「どこ『に』、キスしてもいい?」
「……? っ‼︎    ど、どこ『で』、よ!」
 意味がわかって狼狽する私にボリスは大きく噴き出し、そして、それはそれは楽しそうに笑った。
 生ぬるい風が、また間を通り抜ける。早く日が落ちればいい。火照った身体には、冷えた風がちょうどいいだろうから。
畳む

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『告白というにはあまりにも、』 #ボリス
どこかの国の私の猫の話。




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「俺、あんたになら首輪をつけられてもいいな」
 
 とろりと溶けてしまいそうなほど、ご機嫌な声。いや、ご機嫌というには艶が含まれ過ぎていて、思わず目を泳がせた。
 それでも、膝の上にあるピンク頭を撫でる手は止めない。黒い毛の生えた耳が、時折ピクピクと動く。
 窓からは夕陽が差し込む、一日の中で最もゆったりした時間。次にくるのは夜か昼か。そんな落ち着かなかった日常にも、すっかり馴染んでしまった。あんなに恥ずかしかった膝枕も、いつの間にか当たり前になってしまっている。
「あなた、猫のくせに……」
 どう答えたものかと、困って絞り出した言葉。飼い猫のダイナに首輪をつけるときは、それはもう大変だったのだ。首輪など窮屈なもの、本来ならば喜んで迎え入れるものではないだろう。
「確かにね」
 今度は、あくびともともに返ってきた言葉。可愛い、と思うまもなく彼の頭が太腿と腹に擦り付けられて、びくりと身体を震わせた。
「ちょ、っと」
「でもさ」
 ごろりと猫が仰向けに転がる。ぴたりと合った目線。頬が熱くなるのを感じながらも、細められた金の瞳から目を逸らすことができない。
「俺、アリスといられるなら、猫じゃなくてもいいよ」
 
 きっと、私の猫にとっては至上の愛の言葉。

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