猫の額








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#ペーター
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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透き通った空には、まるで絵画のように、均整のとれた雲。
 多すぎず、少なすぎず。
 その空の下には、更に完璧な薔薇の庭園。鑑賞する者への配慮なのか、あるいはただの飾りなのか。自分以外に利用しているところを見たことのない、見事な装飾のベンチに、私は一人腰掛けていた。
 暑くもなく、寒くもなく、至って過ごしやすい気候。
 風という風はないのに、雲はゆっくりと流れていく。
 まるで、姉と過ごした日曜日の午後を彷彿とさせる。時々、そんなことを思う。


 『アリス』


 誰かに呼ばれた気がして、辺りを見回す。そして、自嘲するように息を漏らした。
 『誰か』なんて。
 今私が今思い浮かべたのは、たった一人ではないか。そう。穏やかに、私の名前を呼ぶ――ここにいるはずのない、姉のこと。


「アリス!」

 物思いに耽る静寂を破った声は、今度は幻聴ではない。それにうんざりしながらも、同時に鼓動が少し早まる。
 声がした方を振り向けば、切羽詰まった様子で白兎が向かってくるところだった。

「アリス!」
「……聞こえているわ」
「アリス‼」

 アリスアリス、と名前を連呼しながら走った勢いのまま抱きつかれる。がたっとベンチが倒れそうなほど傾くものだから、頬を引きつらせながら思わず彼の腕にしがみついた。

「ちょっ――」
「……アリス」

 文句の一つでも言ってやろうと口を開いた途端、顔の見えぬ彼から漏れる弱々しい声。ペーターはいつも自意識過剰なストーカーのようなことばかりを言うけれど、たまにこんな、何ともいえない声を出すことがある。悲しい? 寂しい? 当てはまる言葉は出てこない。――そして、私はこの声に弱い。

「どうしたのよ……」

 疲れ切った様子を装って、彼の頭を撫でてやる。仕方なく。そういった体で。でないと、駄目な気がした。
 彼の髪は、兎の毛のように柔らかく、まっすぐで滑らかだ。小さく光をはじく銀糸を見つめながら、小さく溜息をついた。頬に触れる長い耳はくすぐったいけれど、引き剥がす気にもなれない。

「……あなたが、消えてしまいそうで」

 そう言って顔を上げたペーターの赤い目は、今にも泣きそうに潤んでいる。

 ――私、いつかは帰るのよ。

 常なら何のためらいもなく出る言葉。でも、今は何も言えなかった。いや、『最近は』という方が正確だ。
 姉さんのところに、戻らなくてはならない。帰るべきなのだ。だから、ずっとここにはいられない。これはこの世界に落とされた日からずっと、変わらず思っていること。だというのに、私は、この白兎に情が移り始めている。
 こんな顔をされたら、突き放せないほどに。
 だからこそ、早く帰らなくてはと思う。これ以上深入りしないうちに、私はここを去らなければならない。

「アリス」

 私の存在をなぞるように、名前を呼ばれる。応えたい気持ちが沸き起こるが、それは白兎への誠意にはならないのだ。はっきりと、言うべきだ。私はいつかは帰るのだと。

「……ペーター、」
「帰らせません」

 けれど、私の言葉は遮られ、はっきりと宣言されてしまった。その顔は険しく、彼が持つ残忍性が一瞬垣間見える。帰らせない。どんな手段を選んでも。そう、言われたように気がする。
 しかしそれに怖さは感じても、私に触れる手を振り払おうとは、微塵も思えなかった。

「ずっと、ずっと、ここにいてください」

 ただただ彼の言葉を受け止めていると、泣きそうな顔に戻る。私の両手を強く握りしめる様は、子どもが必死に懇願しているようだ。でも、握る力は痛みを伴わせ、私を現実に引き戻す。

「……あんたは、私の意志なんてどうでもいいの?」

 帰らなきゃいけない。恋愛はしたくない。厄介なことになりたくない。
 そんな私の思いを知っているくせに、ペーターは構わず強引に迫ってくる。それはつまり、私のことを見ているようで、ちっとも見ていないということなのだろう。そのことが、すごく虚しくて、悲しい。寂しい。

「僕は、いつでもあなたのことだけを考えていますよ」

 愛の言葉みたい。
 でも、私の欲しい言葉ではないのだ。まるで噛み合わない歯車のように、少し擦れてはぎこちなく動き、それ以上は進めない。なのに、噛み合う瞬間を、ずっとずっと待っている。
 握りしめられた手は痛く、いくら痛いと言っても、きっと離してくれないのだろう。
 そして私も、かすかに震える冷たい手を、この独りよがりで勝手な人の手を――離すことができない。決して私の言葉が届かなくても、私を探して悲痛な声を出すこの人のことを、置いていくことを想像しただけで――。

『アリス』

 また、幻聴が聞こえる。優しい、暖かな声。懐かしくて、涙があふれそうだ。
 ねえ、姉さん。
 帰るわ。帰るけれど――。


 あと、もう少しだけ待って。





01 彼の人を想い貴方に恋をする

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『こいねがう』 #ペーター
「甘めのペタアリ」のリクで書きました。




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 絆された。
 押し切られた。
 決して前向きとは言い難い単語を浮かべながら、指先に当たる柔らかな毛に、思考がゆるゆると溶けてしまいそうだ。まだ、ウサギの姿なら許せていたあの頃から、ペーターの毛並みは白く綺麗で柔らかくて、触っている内に頬が勝手に緩んでしまう。
「ねえ」
「はい」
 目に痛いチェック柄の部屋のソファー座り、目に痛いチェック柄の服を着たウサギ耳の男を膝に乗せ。眼鏡の奥の目を細めた彼の表情に、まあこれは無理よね、と思う。何せ顔はいいのだ。そんな見目の良い男に、こんな蕩けそうな笑顔を向けられれば、誰だって落ちるだろう。
 無理もないはずだ、と、いうことにしておこう。
「あなた、次はいつから仕事なの?」
「あなたが望むまで、こうしていますよ」
 うっとりと紡がれる甘い言葉。質問に答えてくれないところは相変わらずだ。軽くため息をつき、耳ではなくまっすぐで光をはじく髪を掬い上げる。サラサラと指の隙間をすり抜けていく感触が何とも心地良い。その反対の手は、ペーターの胸の上で硬く繋がれ、彼の熱が馴染みきっていた。
「私は昼からなのよね。そろそろ準備もしておきたいし、帰っていいかしら」
「ええ⁉︎ 嫌です!」
「うん、そう言うと思った」
 だから早めに告げたのだ。けれど彼はその言葉に、「酷いです」とその綺麗な瞳と口を歪ませる。
「僕が悲しむと知ってて、そんなことを言うんですか?」
「知ってるから言ってんのよ」
 馬鹿ね、とこぼしたその言葉が、思ったよりも柔らかく響く。絆されたとか、押し切られたとか、そんなことを思いながらも、結局これだ。
 落ち切った髪をまた掬い、さらさらと指の間に滑らせていく。
「急にいなくなるより、いいでしょ」
 またこの部屋に戻ってくるからこそ、気兼ねなく言える言葉だってあるのだが、ペーターにはまだ難しいらしい。それでも、離れる度に嘆くウサギが、少しでも寂しい思いが薄れるように。握ったままの手に、祈るように力を込めた。

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『わすれません』 #ペーター
スペアリ、ルイスベストエンドの『あの人』視点のお話です。




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「私こそ、ありがとう」

 戻らない道を選んだ、彼女の想いのこもった言葉に無言で応える。その顔がほんの少し泣きそうで、酷いことに僕は何もかもが満ち足りた気分になってしまった。
 最後にきゅっと唇を引き結んで、踵を返した彼女の背中が遠のいていく。その足取りはしっかりと、まっすぐ前へと向かっている。それに胸を撫で下ろしながら、満ち足りたはずの胸がわずかに欠けた気がして、思わず胸を抑えた。
 ずっと願い続けた彼女の幸せは、これからも続くだろう。――もう、自分が関わることがありませんように。心からの望みのはずなのに、胸が締め付けられた。
 けれど、チクタクと規則正しく鳴り続ける時計の音が、胸の痛みを誤魔化してくれる。息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「――ありがとうございます」

 虚空に向かって。届かないとわかっていて。それでも言わずにはいられなくて。

「僕を、愛してくれて」

 彼女の選ばなかったものをずっと大事に抱え、そばにいられなくても、会えなくても、ずっと見守っていよう。
 ただ一人、僕の愛した人を。

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『わすれないわ』 #ペーター
スペアリ、ルイスベストエンドのアリス視点の『あの人』のお話です




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 重い瞼を押し上げれば、枕元のライトがぼんやりと辺りを照らしていた。
 寝起きの耳に届くのは、規則的な呼吸と僅かに鳴るカチコチという聞き慣れた時計の音。身体中に響くような、それ。
 寝る時には居なかったはずだと思ったところで、脇腹から抱えられるように回された腕に気がついた。首を伸ばして後ろを見れば、ライトに煌めいた銀髪が白く見えた気がして、一瞬どきりとする。――どう見ても、違うのに。
 今私を抱く彼の閉じられた瞳の色は、深い青。通った鼻筋。薄い唇。どれをとっても似ても似つかない、はずなのに。ときおり、彼の向こう側に一人の影を見る。
 彼が、この世界で初めて出会った人だからだろうか。『忘れない』と誓った、かつての案内人のことを思い出すときは、どうしてもルイスを通してしまうのだ。

「……私、幸せよ」

 届かぬとわかっていても、呟かずにはいられない。
 だって、私の幸せを望む、私だけの白ウサギの耳なら――。
 淡い願いに想いを馳せていると、恋人の顔が涙で滲む。幸せ。幸せなんだけど。
 

 あの潤んだ、小さな赤い瞳の分、どうしても埋まらない部分があるの。

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