猫の額








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#ブラッド
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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 いきなり差し出されたものを前にして、思わず固まってしまう。

「……何?」
「何、とは……。知らないわけではないだろう?」

 呆れたように言われて、そういう意味じゃない、と言い返すことができない。それぐらい、私は戸惑っていた。
 今、ブラッドが持っているものが、『何か』ぐらい当然知っている。
 薔薇の花束だ。
 薔薇一本はもちろんのこと、全体のまとまりも非常に美しい。
 ブラッドといえば、薔薇。そう連想できるほど関連の強いものだが、花束を差し出すことには結びつきづらい。それに――、

「…………今更?」

 ぼそりと呟く。
 男性が女性に贈るものとして、花は定番だろう。今までにも、豪華な服や装飾品とともに贈られたこともある。だが、手渡しで直接貰ったのは今回が初めてだ。
 しかも、私達は夫婦。恋人時代には色々送りつけられたが、今になってこんな『正当な』ものを『正攻法』で渡されても、どう捉えていいのかわからない。

「受け取らないつもりか?」

 高圧的に言われ、それが花を贈る態度かと睨み上げれば、彼は彼で怒ったような顔をしていた。
 だが、違う。これは照れているときの顔だ。
 その表情を見て、やっと喜びが湧いてくる。これは、素直に喜んでいいものだ。

「――ありがとう」

 やや頬を緩ませながら、手を伸ばす。意地っ張りで素直じゃない、私達にはいつものやりとり。
 花束を受け取れば、ずしりとした重さとともに、濃厚な薔薇の香りに息が詰まりそうになる。でも、嫌いな匂いではない。どこか安心する。ブラッドが、いつも漂わせている匂いと同じだからかもしれない。

「……嬉しいわ」

 もう一度、礼を言う。純粋にあふれた感情が、勝手に言葉を押し出してしまった。もしかしたら顔が赤いかもしれないと思うほど、彼からの贈り物に心が躍っている。
 花束の隙間からブラッドを見ると、眉根を寄せている。――どうやら、嬉しいらしい。

「嬉しいなら、素直にそういう顔をしたら?」
「べ、別に私は……」

 特徴的なシルクハットに手を触れながら、顔を逸らせ更にしかめっ面。その耳が、少しだけ赤いのは気のせいではないはずだ。
 変な人。
 今更薔薇の花束を贈ってみたり、照れてみたり。付き合う前後にあるようなやりとりだってそう。自分のことを棚に上げながら、深く息を吸い、またその香りに恍惚とする。

「――これ、どうして?」

 今日は何かの記念日だろうか。結婚記念日……というほど月日は立っていないし、そもそもこの世界に記念日なんてものはないはずだ。

「別に。意味はないさ」

 気怠そうに話しながらも、目を合わせてくれない。この人が、こんなにわかりやすい人だなんて思いもしなかった。ブラッドは、一緒にいればいるほど印象が変わる。
 冷たいようで、実はすごく優しい。善人よりも悪人に見られたい。ひねくれた人。そんなところも含めて、どうしようもなく愛しいと思う。
 一生、言ってやる気はないけれど。

「ねえ。今、暇なの?」
「あぁ、粗方片付いたところだ」

 目の下の隈が、少し濃くなっている気がする。また、仕事が忙しくなっているのかもしれない。

「じゃあ、ちょっと付き合って」

 直接休めと言っても、休む人ではない。結婚してから何度も喧嘩し、学んだことだ。
 予想通り、ブラッドはほんの少し眉を上げて、気怠そうに答えた。

「――奥さんのお願いだ。聞こう」

 表だけは、面倒くさそうに承諾する姿に、笑いを抑えきれない。

「で、何をするんだ?」

 どこまでいっても、素直じゃない人。それでも、愛されている事は十分伝わってくる。

「まず、花瓶にこれを生けて。それから……」

 今日は、月の綺麗な晩だ。外でこの薔薇を眺めれば、また違った美しさがあるだろう。

「私のために紅茶を淹れて」

 ブラッドが微笑う。そして、庭に行くために私の手を取った。

「お安い御用だ、奥さん」

 素直じゃない私達だから、どんな言葉もあなたには届く気がする。






04 優しい貴方に愛してとは言わない

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『恋も末』 #ブラッド
「恋人未満、甘めのブラアリ」リクで書きました。




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「本は借りなくてもいいのか」
 身支度を終えても、気怠さはまとわりついたまま。それが不快でないことが嫌だった。
 だから、掛けられた声を一瞬無視してやろうかという考えが、一瞬頭をよぎる。けれど、機嫌を損ねて圧をぶつけられる方が面倒だ。ため息をこらえながら振り返れば、襟元のボタンを閉める彼の長い指が目に入り――諸々を想起させるものだから、不覚にも頬に熱が走った。
「――ここで読むからいいわ」
 出来るだけ素気なく返したつもりだが、ブラッドは満足したように口端を上げた。――ここで腹が立つより先に胸がときめいてしまう辺り、とことんこの顔に弱いのだと思い知らされる。
 けれども、彼の望む解答をしてしまったことが悔しくて、振り切るように再び背中を向ける。そしてまだ疼くような身体の芯を無視して立ち上がろうと、足を伸ばしたときだった。つ、と頭が後ろに引っ張られる感覚。何事かと身を翻せば、ブラッドが私の髪の一房を手に取り――口付けていた。
 何が起きたのか理解できず、ただただ彼の伏せられた瞼をふちどる長いまつ毛を眺める。
「な、なに?」
「……いや」
 やっとのことで絞り出した声に、ブラッドが顔を上げる。そして己の手のひらの上にある私の髪を不思議そうに眺め、ぽつりと呟いた。
「……名残惜しいらしい」
 気の抜けた声音に、胸が押し潰されるかと思った。
「――帰るわ」
 唇を固く引き結び、ソファから逃げるように靴に向かって足を下ろす。てんでばらばらに転がったそれらにすら、脈が上がる。幸い、靴を履ききり早足で歩く私に、ブラッドは追いつけなかった。いや、追わなかっただけかもしれない。
 重い扉を押し開け、振り返らずに廊下を歩く頃には、部屋に向かって走り出していた。頭の中に残った、さっきの彼の顔と声を置いていきたいのに、こびりついてちっとも消えてくれそうにない。
 日に日に、または触れられる回数が増える度に。勘違いさせるような言葉と表情が増えている。最近なんかは特に酷く、廊下ですれ違ったときですら、愛おしげに視線を向けられて身が焼かれそうだと思う。
 何より、彼自身が、気持ちに追いついていなさそうなその姿を見せられる度に、『本物』ではないかと錯覚させられそうで。子どもらしく求めていたものを、この人が埋めてくれるのかもなんて、甘ったるい考えがぞわりと内股から這い上がり気持ちが悪い。
 そう、気持ちが悪い。面倒で、不毛で、どうしようもない。何より、昔の恋人と顔が似ているなんて救いようがないにも程がある。
 そんな風に、どれだけこの感情が真っ当でないのだと卑下しても、私はまたあの部屋に向かうのだろう。もう、本なんてしばらく触ってもいないのに。

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『銃弾飛び交う麗しき世界』 #ブラッド
帽子屋非滞在のアリスとブラッド(友人)のお話です。




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 茶褐色の液体が、音さえも美しくティーカップに注がれていく。紅茶をより映えさせるために作られたカップ。香ばしい香りの焼き菓子。長いテーブルに敷かれたテーブルウェアも一級品だと一目でわかる。
 空は相変わらずの晴天。精緻に刈り込まれた生垣。
 どこもかしこも整えられたマフィアの邸宅の庭に、私はいた。
「……この上なく完璧なのよね」
 持ち上げたカップから漂う香りは、好みのもの。
 横めには、耳をぴくぴくとご機嫌に揺らしながら、この屋敷のナンバー2がオレンジ色の食べ物を頬張っており──まあ、これは光景そのものだけなら微笑ましい。
「気に入ってもらえて何よりだ。全てこの紅茶に合わせて作らせたのだよ」
 この屋敷の主が、満足そうに紅茶に口をつける。
 その所作が、これまた素晴らしく美しく、まるで絵画の中から抜け出たように見えなくもないところが腹立たしい。
 だがしかし、問題はそこではなかった。
 
 ズガン!

 と一際けたたましい銃声音。
 一発ではない。二発、三発。全て違う銃声音であり、それを聞き分けられるようになってしまった自分が嫌になる。
 音は近くでもないけれど、遠くもない。つまり、優雅なティータイムを楽しめる雰囲気とは、程遠かった。
 ありったけの息を吐ききり、そっとティーカップをテーブルに戻す。
「どうかしたか。菓子もお嬢さんが好みそうなものを用意したつもりだが」
「──どうもこうもないわよ。せっかくの紅茶が台無しじゃない?」
「まあ、硝煙の匂いさえ届かなければ、好きにさせている」
「……あっそう」
 何が、と言わずとも理解してくれる程度には知己の仲だ。だが、この男に何を言っても無駄だ。いや、自分のこの主張を「そうだな」と全面的に賛成してくれ
る人間など、この世界にはいないだろう。
 自分の滞在先の面々を思い浮かべ、もう一度ため息をつく。
 改めてカップに手を伸ばし紅茶を一口含めば、思った以上に豊かな香りと程よい苦味が広がった。
「おや、楽しむ気になったか?」
 涼しげな目元を綻ばせながら、彼が話しかけてくる。
 忌々しげにその笑顔を睨め付けながら、細工の美しいクッキーに手をつけた。
「銃声なんか気にしてたら、一生お茶にありつけないもの」
「逞しくなったものだな」
 友人の笑い声が、穏やかな午後のティータイムに響いた。

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