猫の額








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#ビバルディ
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録




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「恋愛において、両想いなどないよ。常に片想いなのじゃ」

 その言葉に、持ち上げていたティーカップの水面が揺れた。一方、彼女は涼し気にカップに口を付けている。まるで一枚の絵画のように完璧な光景だと思う。

「……常に?」
「あぁ、どれだけ想い合っていても、どちらかの想いがより強い」

 一生報われない、不毛なものだよ。
 そう言って、ビバルディはカップをソーサーに戻した。
 夕陽に照らされたその顔は相変わらず美しく、そしてどことなく寂しそうだ。
 二人きりで行われるお茶会は、いつも夕方。昼間だと誰かしら割り込んでくるのだけど、不思議とこの時間には誰も邪魔をしない。彼女の時間だと、誰もが心得ているからなのだろうか。

「……片思い」

 誰かを、何もかも投げ捨てて好きになったことのない私には、よくわからない。痛いほど美しく、誰かを愛せない私には。
 それでも、『両想いがない』という話は少しショックだった。だって、それは恋愛ごとにおけるゴールのような気がしていたから。ふと、最近頭の中を占めてやまない彼の顔を思い浮かべてしまい――ぐい、と紅茶で流し込む。

「だから、どうしようもない。心はかき乱されるのに、得られるものはない。無意味なものだよ」

 時間帯が変わらぬ限り、延々と沈まぬ夕陽は、この世界で最も異様で美しい。その赤を受けながら、ビバルディは自嘲するように口端を歪めた。その視線は紅茶の水面を見ているようで、どこか遠い。

 ――あなたは、誰かに恋をしているの?

 訊いてもいいのか悩んでいると、彼女は目線を上げて私に笑いかけた。

「そして度が過ぎれば過ぎるほど。のめり込めばのめり込むほど――虚像を愛していくのじゃ」
「それって――」

 恋愛っていうの? 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

「……虚しい、わね」

 私の言葉に、ビバルディは目を細めて笑う。

「お前も、いつかその無意味で、必要のない、でも捨てられないものに囚われる日がくるのじゃろうな」
「――私には無理よ」

 ビバルディは、とても厄介なものであるように言う。でも、たとえ虚像であったとしても、それは相手がいなければ成り立たない。――ならば、私にはできない。
 そんなに誰かを強く思うことなど、できないから。

「できるよ」

 励ますでもなく、ただ事実を告げるように、優しく妖しい声でつむぐ。

「――お前なら、そのものも愛せるのかもしれないね」

 何を根拠に。白けた気持ちで、紅茶を口に含む。もう冷めてしまったそれは、風味は薄く、どことなく苦みすら感じる。
 変わらないのは、沈まない美しい夕陽だけ。

「誰もが虚像を愛し、そして、本物は愛せない」

 私のことを好きだと愛しいと、語る口でそんなことを言う。
 ふと、彼も同じなのだろうかと考えて、胸がじくりと疼いた。ああ、なんて不毛な――。

「その日が楽しみじゃな」

 全然、楽しくなんかないわよ。







12 本当にあなたが愛したのは私じゃない

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#ビバルディ
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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「わらわは、妹が欲しかったのじゃ」

 うっとりするような薔薇の香りが立ち込める中、されるがままに髪を梳かれる。何度も訪れた、ビバルディの自室。相変わらず、辺りには可愛いんだか、微妙なんだかわからない人形達があふれていた。
 そして、今、私はその人形の一人。

「あなた、妹って感じだわ」

 そう言うと、鏡に写った美しい女王が、驚いたように目をみはった。いや、今は女王というよりも少女だ。初めてビバルディに会ったとき、王女様かと尋ねたことがあるが、彼女は時々とても幼く見える。けれどそう思うのは私だけのようだし、そんな姿を見せるのも私にだけなのだろう。

「初めて言われた」
「だって、妹の方が似合うもの」
「……あやつが聞いたら、笑うだろうな」
「え、誰?」

 意味深なことを呟いて、何でもないよ、と妖しく笑う。一瞬で、少女が女王様に変わる。この、多彩な変化も好きなのかもしれない。

「でも、そうね。妹がいたらきっとすごく美人でしょうね。可愛いと思うわ。そして……」

 あなたのお人形にされてそう。
 今の私のように髪を整えて、服を着せて、また着せ替えて。完璧なまでに美しい姉を前にして、その妹は何を思うのだろう。

「……やはり、妹などいらぬな」

 先程までのご機嫌はどこへやら、ビバルディは急につまらなそうに言い捨てた。
 はあ、と忌々しげに溜息をつきながらも、彼女は私の髪をいじる手を止めない。

「もしかしたら、弟のように可愛げのない奴かもしれぬ」
「まあ、それはわからないけれど……。あなたの弟だから、かっこいいんでしょうね」
「たとえ顔が良いとしても、中身が駄目じゃ」

 時折、ビバルディは弟のことを話す。そして、『つまらない』とか『どうでもいい』とか悪態をつく。そのくせ、その目は優しい。そんなとき、あぁこの人は姉なのだと思う。でも、ロリーナ姉さんとは全然違う。姉さんは、好意をもっと素直に表すから。ビバルディとは違う。――だから、彼女といると安心するのかもしれない。

「おお、できたぞ。可愛いだろう?」

 もう気持ちを切り替えたビバルディは、自信作を見せる子どものように、誇らしげだ。鏡の中に映る私。それが、自信作だ。

「……似合わないわ」
「そんなことはない。似合っているぞ?」

 はっきり言って気持ち悪い。と、手間暇かけた本人の前では言えないが、鏡の中に映る私は異様という言葉がしっくりする。
 栗色の長い髪は、ビバルディによって肩から下をくるくると巻かれ、程よいバランスで散っている。きっと女王とお揃いにされたのだと、この世界の住人なら思うだろう。――そう、姉さんのことを知らない人達なら。私だって、自分の髪でなければ、素直に美しい髪型だと思えた。

「――私、こういうの似合わないもの。あなただから似合うのよ」
「何を言う。可愛いぞ」

 ビバルディは私の両肩に手を置いて、うっとりと鏡を眺める。お人形さんの髪型がうまくいってご満悦のようだ。おそらく、このあとは普段着以上にフリフリな洋服が待っている。いつもその格好で居ろとは言わないからマシだが、気が重いものは重い。

「本当に可愛いのう。何故、今までこの髪型にしなかったのだ? ストレートもいいが、こういうのもよく似合う」

 ビバルディはよほど気に入ったのか、はしゃいでいるらしい。『何で』って。するわけがないわ。

「服、用意してあるんでしょ。着ましょう?」

 話を逸らそうと催促すると、ビバルディは喜んで服の準備を始めだした。
 こういうときのビバルディは本当に幼い。姉のようだったり妹のようだったりする彼女だが、身内のどちらにも似ていない。
 身内に不満はないと思ってきた。多少の息苦しさはあっても、育ててもらっている身だし、義務的なものだけでなく、本当に愛しく思っている。はずなのに。妹、父の顔がどんどんおぼろげになっていく。

 ――長い間、会ってないからだわ。

 軽く掌に力を込め、揺れる心に気づかぬふりをする。
 帰れば、以前と変わらぬ私でいられるはずだ。

「服はすぐに決まったのだが……。なかなか合う帽子がなくてな。特別に作らせてみた。どうじゃ?」

 ビバルディは話しながら、高級そうな箱の中から帽子を取り出した。形は、薄紫色のボンネット。リボンがひらひらと踊りながら、私の頭に被せられた。顎の下で結ばれて、息が止まりそうになる。

「おぉ、よく似合う」
「……そう?」

 白いレースに縁取られたボンネットを私に被せ、うっとりと呟くビバルディ。よりによって。そう、よりによって、この髪型に、この帽子。
 姉さんのことは好きだ。
 大好きだからこそ、同じ格好はしたくない。
 綺麗に巻かれた髪。形は違えども、似た色のボンネット。私には、ちっとも似合わない。――同じ物を身に着けてたとしても、私は、姉さんみたいにはなれない。
 鏡の中の、格好だけを真似た偽物。突き付けられた事実に、喉の奥からこみ上げてくる衝動を、必死で飲み込んだ。





02 貴方から別れるまでは涙を堪えていた

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