猫の額








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#ゴーランド
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録



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 重い。
 溜息をつきたくなるような書類の重さに、うんざりしてきた。今日は資料を含めた書類の量が多く、両手いっぱいに抱えた束を落とさぬよう、気も遣う。――誰かに手伝ってもらえば良かった。一人廊下を歩きながら、皆の申し出を断った自分を恨む。
 壁際に寄り、書類の束を持ち直したところで、開いた窓から従業員達の笑い声が聞こえた。それから、よく耳慣れた人の声。覗いてみると、やっぱりいた。
 ゴーランドだ。

「……楽しそうにしちゃって」

 自然と、頬が緩む。
 遊園地のオーナーは、何を話しているのか従業員達と盛り上がっているらしい。気さくな彼らしい光景だった。
 しばらく彼らを眺めていると、従業員の一人がこちらに気づいて手を振った。それにつられて全員が上を仰ぎ見る。何かを言っているようだが、遠すぎて聞こえない。
 それでも、私を見つけたことで、嬉しそうにしていることはわかった。それを受けて、私も微笑み返す。
 そして、穏やかなゴーランドの視線に、胸がほんのりと熱を帯びた。



「何を話してたの?」
「大したことじゃねぇんだ。次のイベントの話で――それより重かっただろ。ありがとな」

 屋敷の窓から眺めている私を見つけたあと、ゴーランドはすぐ私の所に来てくれた。書類の束をあっという間に取り上げ、ぽすぽすと頭に手を置く。まるで子どものような扱いだが、気にならない。私は手ぶらで、今は二人で彼の執務室を目指して歩いている。
 こういう何でもない日常が、こそばゆく、それでいて愛しい。こんな風に、小さなことでも嬉しくなったり、それを素直に認められる自分がいる。
 でも、正直なところ戸惑う。
 以前の自分とは、あまりにも違うから。ボリス、それから他の友達からも「変わった」と少々呆れ気味に言われる始末。もし自分が逆の立場でも、同じように気味悪がるだろう。実際、自分が一番違和感がある。

「何だ、疲れたか? だったら休んでもいいぞ」

 ゴーランドにそう声を掛けられ、おずおずと顔を上げる。

「そうじゃないの。……ただ、ね」

 私、気持ち悪くない?
 そう直接訊くのは、ためらわれた。変に心配されてしまうかもしれないし、ゴーランドのことだから勝手な設定を繰り広げられそうな気もする。

「ただ?」
「ただ、その……。私、変わったでしょ?」

 重い書類を抱えたまま、ゴーランドはきょとんとする。

「何だ、嫌なのか?」

 やっぱり変わったんだ、私。けれども彼は大して気に留めていないようだ。

「嫌ってわけでもないの。ただ何か慣れないっていうか……。その、」

 ――ゴーランドは、嫌じゃないの?

 今度は、勇気がなくて訊けなかった。
 周りの皆は、私の変化を生ぬるい目で見ている。気がする。でも彼のことだから、今の私も受け入れてくれるだろう。訊けば期待した答えをくれるはずだ。
 でも、彼は変わる前の私を好きになってくれたから、今があるわけで。もし、前の方が――なんて言われても、どうしようもできない。

「変わったことが慣れないのか?」
「うん、まあ……」

 うーん、とゴーランドは首を捻った。

「ていうか、具体的にどう変わったかその辺りがまずわからねえが――」
「――は?」

 あんたさっき何も言わなかったじゃない。思わず半目で睨みつけてしまう。

「あんたが慣れないなら問題だよな。何が変わった?」

 大真面目な顔で訊いてくるゴーランド。色ボケで毒気が抜けたなど、本人に言えるはずがない。

「……どこが変わったかもわからないの? 愛が足りないわよ」

 あぁ、間違えた。こういう切り返しも十分恥ずかしい。昔の自分ならそんなこと言わない。
 恥ずかしさに内心頭を抱えている私を知ってから知らずか、ゴーランドは一生懸命考えているようだ。

「……変わったこと、変化、か。うーん……」
「――ばあか。さいってー」
「え、な! す、すまん!」

 慌てふためくゴーランドに、思わず噴き出す。
 私は変わった。周りの皆も、自分もまだ慣れない。でも、私が変わったことにも気づかないこの人がそばにいるなら、別にいいのかもしれない。だって、大したことではないってことだろうから。

「じゃあ」

 両手のふさがった彼の頬に手を伸ばす。小さくつまめば、眉が情けなく下がった。

「これで許してあげるわ」

 許されているのは、私の方だけど。





07 貴方はいいと言うが 周りの人は否定する



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『たったそれだけでも』 #ゴーランド
スぺアリカウントダウン企画の参加で書きました。
アリスが1人やきもきしているメリアリです。




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「忙しそうで何よりだわ」
 
 ド派手な黄色いジャケットを見かけて、弾む胸を押さえて駆け寄って。従業員に声をかけている、彼の久しぶりの横顔に胸が締め付けられながら、また一歩近寄って。
 そこまでは、恋する普通の可愛い女の子。――だったのに。
 私に気づいて振り返った彼の顔が、いつもと何ら変わらない笑顔であったことに、自分でも驚くほど絶望したのだ。
 そうして口から出た言葉は何とも可愛げのない、棘が見えそうなほどのセリフだった。
 
「……えーっと、アリス?」

 案の定、彼は困った様に首を傾げた。
 繁忙期(この世界にもそんなものがあるらしい)にあたる今、恋人の顔を見るのも数時間帯ぶり。働きながらどこかですれ違ったりしないかと、ずっと、ずっとそんなことを考えていたというのに。

 ――ゴーランドは、私に会えなくたって平気なんだわ。

 嬉しい気持ちを一瞬でかき消してしまった、子どもっぽい思考。胸に抱えた書類の束を掴む手に、思わず力が入る。
 これはただの八つ当たりで、ゴーランドがそう思っていない可能性だってあるのに。もっとわかりやすく喜んで欲しかったと思ってしまう、幼い自分を抑えられない。

「どうか、したか?」
「別に。遊園地が儲かってて何よりね」
「……うーん。まあ、そう、だな?」

 目線を泳がせ頬を掻く恋人の姿に、自己嫌悪の溜息を飲み込む。「じゃあ頑張ってね」と笑顔で去れば、ゴーランドなら何事もなかったかのように流してくれるだろう。だって、彼は私とは違って大人だから――。
 笑おう。
 笑え。
 すっと息を吸い込んで顔を上げる。それと彼の大きな手が私の頬に伸びたのは、同時だった。

「アリス」

 彼の指先が、私の耳の後ろまで撫であげる。じわりと伝わる体温に、心臓が大きく音を立てた。

「何怒ってんだよ」

 彼の手と同じぐらい暖かな声。私を覗き込む瞳は、どこまでも穏やかで優しい。
 今この瞬間、忙しいこの人の意識全てが、私のことで埋まっているのだろうと錯覚してしまう。

「……あなたに会いたかっただけよ」

 彼の温かな手や、優しい声に。たとえこの行為に特別な意味がなかったとしても。
 簡単に満たされてしまうぐらいには、この人に溺れている。

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