猫の額
『口実』
イベント用書きおろし。温泉パニックの後日談です。
#仲花
***********************
陽射しはまだ暑いけれど、日陰にいると、通り抜けた風が汗を乾かしてくれる。こと東屋は、風が通り抜けやすいように作られていることもあり、休憩するなら自然とここが選ばれがちだ。――だから、酷く落ち着かない。
気まずさに身じろごうにも、膝にかかる重さでそれも叶わない。
「……ねえ、私、今日仲謀突き飛ばしたりしてないよね?」
「はあ? 当たり前だろ! 何度もやられてたまるかよ」
顔を顰めてそう返す仲謀に、『じゃあ、頭下ろしてくれないかな』とは言えず、こっそり息を吐く。東屋の長椅子に腰掛けた私の腿には、仲謀の頭が乗っていた。いわゆる、膝枕だ――。
温泉に出かけて、色々あって彼を突き飛ばし昏倒させ……膝枕をしたのが少し前。また行きたいねなんて思い出話を始めたところが、これだ。
「……何だよ、嫌なのかよ」
強引に膝枕を要求したくせに、揺れる声音でこちらを窺う。きっと、私が本気で嫌なら止めてくれるのだろう。そういうところが、とても、ずるいと思う。
「嫌じゃないけど……」
「はっ。お前はいつもはっきりしねえな」
かと思えば、今度は呆れたように笑って私の髪に手を伸ばし触れる。――本当に、本当にずるい。そういう風に、自信満々に笑う顔に私が弱いのを、知られているのかもしれない。
そよそよと風が通り抜け、膝の上の仲謀の髪を揺らす。今日はいつも通りの制服だから、素肌に当たって少しくすぐったいし、何より体温が直に伝わるのが、何とも言い難く居心地が悪い。大体前回は看病も兼ねていたけれど、今日のはそれとは違う。――ただただ、いちゃついてるだけにしか見えないだろう。
「――だって、外だし」
奥まった場所にあるここは、人通りが多いわけでもない。かといって、ないわけでもないのだ。見つかれば、揶揄われることは必須だった。
「……いや、室内のが問題だろ」
「?」
首を傾げれば、仲謀はうんざりした顔で長い長いため息を吐いた。
「お前はほんっとに、そういうとこ変わんねえ。少しは意識したかと思ったら――」
「……何のこと?」
尋ねたことには答えず、仲謀は私をじろりと見上げた。
「もういい」
と言うなり私の手を取って、指を絡めて握り直す。いわゆる恋人繋ぎに、体温が一気に上がる。
「え、な、何」
「こうでもしとかないと逃げるだろ」
「そんな……」
真下にある青い瞳が、ぴたりと私を捉えて離さない。膝には仲謀の頭。身動きもできず、ただただ瞬きを繰り返すことしか出来ず、息を潜める。
呼吸を通して、早くなった鼓動を悟られそうだ。
「膝枕も、これも、嫌じゃないんだろ?」
「それは――そう、だけど」
だって。『嫌』でもないことを、『嫌』とは言えない。
「なら、お前は人目じゃなくて、俺のことを気にしてろ」
いつもの笑顔とともに、繋いだ手に力が込められる。逃げないように、なんて口実だとわかるような、そんな触れ方だった。
「……わかった」
今、この手を離す方が嫌だ。散々揶揄われることを覚悟して、そっと握り返す。すると満足したらしい笑顔に、更に胸が詰まって、口をへの字に曲げて誤魔化すしかできなかった。
2023.10.14 10:00:02
三国恋戦記
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陽射しはまだ暑いけれど、日陰にいると、通り抜けた風が汗を乾かしてくれる。こと東屋は、風が通り抜けやすいように作られていることもあり、休憩するなら自然とここが選ばれがちだ。――だから、酷く落ち着かない。
気まずさに身じろごうにも、膝にかかる重さでそれも叶わない。
「……ねえ、私、今日仲謀突き飛ばしたりしてないよね?」
「はあ? 当たり前だろ! 何度もやられてたまるかよ」
顔を顰めてそう返す仲謀に、『じゃあ、頭下ろしてくれないかな』とは言えず、こっそり息を吐く。東屋の長椅子に腰掛けた私の腿には、仲謀の頭が乗っていた。いわゆる、膝枕だ――。
温泉に出かけて、色々あって彼を突き飛ばし昏倒させ……膝枕をしたのが少し前。また行きたいねなんて思い出話を始めたところが、これだ。
「……何だよ、嫌なのかよ」
強引に膝枕を要求したくせに、揺れる声音でこちらを窺う。きっと、私が本気で嫌なら止めてくれるのだろう。そういうところが、とても、ずるいと思う。
「嫌じゃないけど……」
「はっ。お前はいつもはっきりしねえな」
かと思えば、今度は呆れたように笑って私の髪に手を伸ばし触れる。――本当に、本当にずるい。そういう風に、自信満々に笑う顔に私が弱いのを、知られているのかもしれない。
そよそよと風が通り抜け、膝の上の仲謀の髪を揺らす。今日はいつも通りの制服だから、素肌に当たって少しくすぐったいし、何より体温が直に伝わるのが、何とも言い難く居心地が悪い。大体前回は看病も兼ねていたけれど、今日のはそれとは違う。――ただただ、いちゃついてるだけにしか見えないだろう。
「――だって、外だし」
奥まった場所にあるここは、人通りが多いわけでもない。かといって、ないわけでもないのだ。見つかれば、揶揄われることは必須だった。
「……いや、室内のが問題だろ」
「?」
首を傾げれば、仲謀はうんざりした顔で長い長いため息を吐いた。
「お前はほんっとに、そういうとこ変わんねえ。少しは意識したかと思ったら――」
「……何のこと?」
尋ねたことには答えず、仲謀は私をじろりと見上げた。
「もういい」
と言うなり私の手を取って、指を絡めて握り直す。いわゆる恋人繋ぎに、体温が一気に上がる。
「え、な、何」
「こうでもしとかないと逃げるだろ」
「そんな……」
真下にある青い瞳が、ぴたりと私を捉えて離さない。膝には仲謀の頭。身動きもできず、ただただ瞬きを繰り返すことしか出来ず、息を潜める。
呼吸を通して、早くなった鼓動を悟られそうだ。
「膝枕も、これも、嫌じゃないんだろ?」
「それは――そう、だけど」
だって。『嫌』でもないことを、『嫌』とは言えない。
「なら、お前は人目じゃなくて、俺のことを気にしてろ」
いつもの笑顔とともに、繋いだ手に力が込められる。逃げないように、なんて口実だとわかるような、そんな触れ方だった。
「……わかった」
今、この手を離す方が嫌だ。散々揶揄われることを覚悟して、そっと握り返す。すると満足したらしい笑顔に、更に胸が詰まって、口をへの字に曲げて誤魔化すしかできなかった。