猫の額








『いつかの束の間』 #ユリウス
ハート時計塔ED後ののユリアリです。(多分)ハッピー寄り。




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「どこか、出掛けるか?」

 急な私の言葉に、アリスはコーヒーを置こうとしていた手を宙で止め、目を瞬かせた。ふわりと香ったそれに、今日も心を込めて淹れてくれたであろうことを思い、胸がいっぱいになる。
 ただ役目をこなすだけの日々しかないはずだったというのに。こんな感情に包まれる日がくるなど、思いもしなかった。

「――今、何て?」
「……嫌ならいい」

 満ち足りた気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉が出る。こればかりは、変わりそうもない。アリスは慌てて、嫌なんて、と首を振り――そして笑った。

「すごく、すごく嬉しいわ」

 頬を染め、目尻を下げて。幸せとしか言い表せない顔に、口元が緩むのを自覚した。

「行く場所はお前が選べ」
「でもユリウス。お仕事は大丈夫なの?」
「お前と少し遠出するくらい、構わない」

 もう、仕事しかなかった私ではない。ちょっと待って、と真剣な顔で悩み出した彼女の姿を小さく笑い、道具を箱に仕舞う。そう、役目のことを一瞬でも忘れられるほど、大切なものができたのだ。

「えっと……、遠出ってことは時間帯が変わるようなところでもいいの?」

 その方が人も少ないかしら? ちらりと伺うようにこちらを見る彼女に、緩く首を振る。

「どこでもいい。私のことは気にせず、お前の行きたいところにしろ」

 ちょうど大きな案件を終え、落ち着いたところだ。これを逃せば、いくら彼女に時間を割きたかろうが、ままならないこともある。
 私と違って、いつか終わりが来る彼女との時間は限られているのだ。
 彼女に少しでも幸せな瞬間を増やしてあげたいし、その姿を焼き付けておきたい。
 それが『いつか』の日を、どれだけ辛いものにしようと、後悔はしない。それ以上に有り余る幸せを、彼女はくれたのだから。
 淹れてくれたコーヒーを口に含めば、予想通りの求めた味で。曇った眼鏡ですら、心を和ませる。

「私が、コーヒーを飲んでいる間に考えておけ」

 焦らせぬよう、ゆっくり言葉を紡げば、また彼女が微笑んだ。



 この愛しさを含んだ眼差しを、いつまでも覚えていようと思う。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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