猫の額
『いつかの束の間』
#ユリウス
ハート時計塔ED後ののユリアリです。(多分)ハッピー寄り。
****************
「どこか、出掛けるか?」
急な私の言葉に、アリスはコーヒーを置こうとしていた手を宙で止め、目を瞬かせた。ふわりと香ったそれに、今日も心を込めて淹れてくれたであろうことを思い、胸がいっぱいになる。
ただ役目をこなすだけの日々しかないはずだったというのに。こんな感情に包まれる日がくるなど、思いもしなかった。
「――今、何て?」
「……嫌ならいい」
満ち足りた気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉が出る。こればかりは、変わりそうもない。アリスは慌てて、嫌なんて、と首を振り――そして笑った。
「すごく、すごく嬉しいわ」
頬を染め、目尻を下げて。幸せとしか言い表せない顔に、口元が緩むのを自覚した。
「行く場所はお前が選べ」
「でもユリウス。お仕事は大丈夫なの?」
「お前と少し遠出するくらい、構わない」
もう、仕事しかなかった私ではない。ちょっと待って、と真剣な顔で悩み出した彼女の姿を小さく笑い、道具を箱に仕舞う。そう、役目のことを一瞬でも忘れられるほど、大切なものができたのだ。
「えっと……、遠出ってことは時間帯が変わるようなところでもいいの?」
その方が人も少ないかしら? ちらりと伺うようにこちらを見る彼女に、緩く首を振る。
「どこでもいい。私のことは気にせず、お前の行きたいところにしろ」
ちょうど大きな案件を終え、落ち着いたところだ。これを逃せば、いくら彼女に時間を割きたかろうが、ままならないこともある。
私と違って、いつか終わりが来る彼女との時間は限られているのだ。
彼女に少しでも幸せな瞬間を増やしてあげたいし、その姿を焼き付けておきたい。
それが『いつか』の日を、どれだけ辛いものにしようと、後悔はしない。それ以上に有り余る幸せを、彼女はくれたのだから。
淹れてくれたコーヒーを口に含めば、予想通りの求めた味で。曇った眼鏡ですら、心を和ませる。
「私が、コーヒーを飲んでいる間に考えておけ」
焦らせぬよう、ゆっくり言葉を紡げば、また彼女が微笑んだ。
この愛しさを含んだ眼差しを、いつまでも覚えていようと思う。
2022.06.11 21:52:58
ハートの国のアリスシリーズ
編集
HOME
読み終えた場合は、ウィンドウを閉じてお戻りください
三国恋戦記
(45)
三国恋戦記 魁
(30)
ハートの国のアリスシリーズ
(35)
アラビアンズ・ロスト
(4)
仲花
(22)
三国恋戦記・今日は何の日
(14)
伯巴
(10)
エース
(8)
夢
(6)
本初
(6)
早安
(5)
公路
(5)
ペーター
(4)
その他
(3)
ユリウス
(3)
ボリス
(3)
ブラッド
(3)
翼徳
(3)
孟徳
(3)
華陀
(3)
ビバルディ
(2)
ゴーランド
(2)
子龍
(2)
孟卓
(2)
玄徳
(2)
仲穎
(2)
ナイトメア
(1)
ディー&ダム
(1)
エリオット
(1)
ブラック×アリス
(1)
クイン×アリス
(1)
ルイス
(1)
ロベルト
(1)
マイセン
(1)
カーティス
(1)
ブラックさん
(1)
雲長
(1)
雲長
(1)
尚香
(1)
仲謀
(1)
公瑾
(1)
華佗
(1)
芙蓉姫
(1)
奉先
(1)
本初
(1)
妟而
(1)
孔明
(1)
文若
(1)
Powered by
てがろぐ
Ver 4.1.0.
ハート時計塔ED後ののユリアリです。(多分)ハッピー寄り。
****************
「どこか、出掛けるか?」
急な私の言葉に、アリスはコーヒーを置こうとしていた手を宙で止め、目を瞬かせた。ふわりと香ったそれに、今日も心を込めて淹れてくれたであろうことを思い、胸がいっぱいになる。
ただ役目をこなすだけの日々しかないはずだったというのに。こんな感情に包まれる日がくるなど、思いもしなかった。
「――今、何て?」
「……嫌ならいい」
満ち足りた気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉が出る。こればかりは、変わりそうもない。アリスは慌てて、嫌なんて、と首を振り――そして笑った。
「すごく、すごく嬉しいわ」
頬を染め、目尻を下げて。幸せとしか言い表せない顔に、口元が緩むのを自覚した。
「行く場所はお前が選べ」
「でもユリウス。お仕事は大丈夫なの?」
「お前と少し遠出するくらい、構わない」
もう、仕事しかなかった私ではない。ちょっと待って、と真剣な顔で悩み出した彼女の姿を小さく笑い、道具を箱に仕舞う。そう、役目のことを一瞬でも忘れられるほど、大切なものができたのだ。
「えっと……、遠出ってことは時間帯が変わるようなところでもいいの?」
その方が人も少ないかしら? ちらりと伺うようにこちらを見る彼女に、緩く首を振る。
「どこでもいい。私のことは気にせず、お前の行きたいところにしろ」
ちょうど大きな案件を終え、落ち着いたところだ。これを逃せば、いくら彼女に時間を割きたかろうが、ままならないこともある。
私と違って、いつか終わりが来る彼女との時間は限られているのだ。
彼女に少しでも幸せな瞬間を増やしてあげたいし、その姿を焼き付けておきたい。
それが『いつか』の日を、どれだけ辛いものにしようと、後悔はしない。それ以上に有り余る幸せを、彼女はくれたのだから。
淹れてくれたコーヒーを口に含めば、予想通りの求めた味で。曇った眼鏡ですら、心を和ませる。
「私が、コーヒーを飲んでいる間に考えておけ」
焦らせぬよう、ゆっくり言葉を紡げば、また彼女が微笑んだ。
この愛しさを含んだ眼差しを、いつまでも覚えていようと思う。