猫の額








『幸せの、』 #ユリウス
「ハートの国のユリアリ(甘い感じ)」のリクで書きました。二人が幸せであればあるほど私一人胸がい。




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 おそらく、きっと、そこそこ高い場所にあるであろう塔の一室。展望台まで上がれば吹く風も、この部屋の窓ガラスを揺らしはしない。まだ湯気の立つコーヒーカップを手に外を覗き込めば、ああこんなに高かったのか、と広場や領土を見渡すことができる。けれども、喧騒も何かもここには届かない。
 だからこの部屋に響くのは、ユリウスが立てる工具の音ぐらいだ。
「……どこか、出掛けるか」
 唐突に掛けられた声に振り返れば、作業用の小さな眼鏡をかけたユリウスが、じっとこちらを見つめていた。何か言いたそうな『音』だなとは思っていたが、デートのお誘いだったらしい。気恥ずかしそうに提案されるそれに、笑って小首を傾げた。
「どこか出掛けたいの?」
「いや、そういうわけではないが」
「じゃあ、別にいいわ」
「…………」
 返ってきたのは、想像通りの渋い顔。
 何度か誘われるままに、あるいは誘って外に出てみたし、それも楽しかった。でも、帰ってきたときのほっとする感じを思うと、やはり私もユリウスも、ここで過ごす時間が一番ではと思うのだ。
「私に付き合って、しばらく外に出ていないだろう」
「まあ、ね。でも、別に今出掛けたい気分でもないの。買い出しも特にないしね」
 話しながら、お揃いのカップを手に持ったまま窓から離れる。どこかに出かける気になっているのなら、おしゃべりを楽しめる余裕はあるだろう。ユリウスの作業机の横の、私用にと増やしてくれた椅子に腰掛ける。カップを置けば、コトリと柔らかな音が鳴った。
「こうして、ユリウスの仕事を眺めてるのが一番好きだし」
「……本当に変なやつだな、お前は」
 眼鏡の下の目元を赤らめながらも、下げられた目尻。以前なら、同じセリフでも、もっと素気なく言われたはずだと思うと、変わった関係に口元が自然と緩んでしまう。
「出掛けたいときは誘うから、そのときは付き合ってちょうだい」
 ――今は、ここがいいの。
 そう告げれば、彼は柔らかに息を吐いて、リボンを避けて私の頭をくしゃりと撫でた。大きな手の下から合った目線にお互い小さく笑い、ユリウスは作業を開始する。
 再び、小さく緻密な金属音が部屋の中を満たしていく。
 ユリウスらしい、丁寧で、淀みのない、安心する音。
 ここにしかない音を聴きながら、満ち足りた胸で息を吐いた。

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