猫の額
『まるで湖の底』
#ルイス
ルイスルート、エンド後のお話です。2022年4月28日~29日のネップリ企画用に書き下ろしました。糖度高めを目指して書きました。
読む
****************
真新しい油の匂い。カチャカチャと鳴る軽い金属音。彼が武器の手入れをしていることを、まどろみの中で悟る。
絵面もやっていることも、物騒としかいいようのないはずなのに、その音で落ち着いてしまう私はやはりおかしいのだろう。
思うように開かない瞼に眉をしかめて身じろげば、私が起きたことに気がついた彼が『怪獣ちゃん』と呼ぶはず――。
「アリス?」
けれど、掛けられた声は想像とは違うもので。ゆるゆると目を開ければ、いつの間にか近くに寄ってきていた彼が私を覗き込んでいた。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「……ううん」
怪獣ちゃん、なんて。
久しく呼ばれていないのに、何故そんなことを思ったのだろう。一人苦笑しながら、ベッドから身を起こそうとしたところで彼に肩を抑えられる。肩紐以外は剥き出しの肌にじわりと移る熱に、思わず彼から目線を逸らした。
「まだ寝ててください」
「でも、……もうお昼よね」
私のために締められたのであろうカーテンからは、わずかに光が洩れている。
時間帯はただの目安だけれど、やっぱり明るい時間には起きていたい。それに、お互い休みの時間帯なのだから、共に過ごしたいと思うのが普通だろう。
彼の手を軽く押し退ければ、今度は少し唇を尖らせるだけで、私の背に手を添えて起こすのを手伝ってくれる。ルイスは相変わらず『過保護』という言葉がぴったりな扱いをする。
ふと、彼がシャツ一枚の軽装であることに気が付き――すっかり変わってしまった関係を思い起こし、頬が熱を持つ。望んでいたこととはいえ、まだ『恋人』に慣れるのには時間がかかりそうだった。
「? どうかしましたか」
私の変化を敏感に悟った彼が、再び顔を覗き込むように近づける。心臓が跳ねるような感覚とともに、息が詰まる。
「……何でも」
「ないことないでしょう」
そして彼は私に身を擦り寄せる。今のは、『以前』のような触れ方。だけれど、異なるそれを知ったあとでは、慣れていたはずのものでも動揺するには十分だった。
きっと赤くなっているであろう顔を隠したくてシーツを引き寄せたところで、彼は声のトーンを落として話し始めた。
「――俺、ちゃんとあんたのこと大事に出来てます?」
「は?」
急に何の話だろう。思わず顔を上げれば、眼鏡の奥で揺れる彼の青い瞳。
「言ったでしょう? ペットは難しいけど、恋人ならちゃんと出来る気がするって」
「……だ、大事に出来てるんじゃない?」
以前のような他意のない触れ方であっても、この至近距離。ましてや、彼の言わんとすることを察して口ごもってしまう。けれども別に嘘というわけでもない。
『恋人』になった彼は、前にも増して私に丁寧に触れるようになった。彼の視線からも、触れ方からも。全身で、大切にされているのが伝わってくる。ただ、独占欲も更に増した。それは時に厄介でトラブルも引き起こすのだけれど、『怪獣ちゃん』と私を呼んでいたあの頃よりも、私のことが特別で大事なのだと思わせられる。少し窮屈であると同時に、私を満たしてくれていた。
――重症ね。
内心呆れながらも、そんな自分は嫌ではなかった。
ルイスはというと、じっと私を見つめたあと、するり私の頬に指を滑らせた。ほんのり香る油の匂いと、私より低い体温。そしてその触れ方は、先程とは違う艶かしさを含んでいて――。
「っ、ちょ」
「まだ、あんたに愛する方法を教えてもらえてないから……。うまく出来ているかわからないんですよね」
ギシリ、とベッドのスプリングが軋む。彼が身体の重心をこちらに寄せ、私の上にのし掛かるような体勢になる。
「『壊して』はいなくても、――ちゃんと愛せているのかわからない」
「っ、だから、出来てるって言ってるでしょ‼︎」
羞恥に耐えきれず、枕を掴んで彼の顔に押し付ける。顔は熱いし、胸はばくばくと早く脈打っている気がするし、嫌ではないけれど耐え難い。
枕をさらりと除けたルイスは、ずれてしまった眼鏡を外す。思わずどきりとしたことが悔しくて、そっと唇を噛む。
恋人になってから見せる姿は、心臓に悪い。もう乱れることはないはずなのに、以前の感覚のまま『ないはずのもの』があるように感じてしまう。
「でも」
「わ、私が――嫌とか……そういうのくらいは、わかるでしょう?」
つっかえながらも言葉を紡ぐ。
あなたのことだもの。きっと、私より私の変化には聡い。
ルイスは私の言葉を受けて、きょとんと目を瞬かせて動きを止めた。
「もうっ、この話は終わ――」
「じゃあ」
彼とは反対側からベッドを降りようと背を向けたところで、視界がひっくり返る。彼に、ベッドに押し倒されたのだ。
「あんたの思う『愛し方』を知りたいです」
「は、え……?」
「『されるばかりは嫌』。なんですよね?」
そんなことを言ったこともある。でも、そういう意味で言ったわけじゃない。けれども、熱を帯びた青い瞳に見据えられ、出てきたのは僅かな抵抗の言葉。
「……私、起きたばかりなんだけど?」
「ええ。だからちゃんと待ってました」
「……私が何て言おうと、そのつもりだったんじゃない」
くすりと笑って、ルイスが続ける。
「そういうわけじゃあないですけど――。あんたが、嫌じゃないとか言うから」
私のせいにしないでよと軽く睨むも、彼は愛おしそうに目を細めるだけ。――何てずるい。そんな顔をされて、逃げられるわけがない。
『怪獣ちゃん』
ふと脳裏をよぎるのは、かつての呼び名。あの関係も、欠けさせたくないほど私にとっては大事なもので。でも、やはり今の方が特別だと思い知らされる。
一つ、ため息をついて。観念して彼の顔に手を伸ばし、頬に触れる。たったそれだけで、彼の瞳が、口元が、触れる手つきが。全身で愛しいと伝えてくるから。
溺れてしまいそうなほどの幸せの中で、息が出来ない。
畳む
2022.04.28 21:51:58
ハートの国のアリスシリーズ
編集
HOME
読み終えた場合は、ウィンドウを閉じてお戻りください
三国恋戦記
(45)
三国恋戦記 魁
(30)
ハートの国のアリスシリーズ
(35)
アラビアンズ・ロスト
(4)
仲花
(22)
三国恋戦記・今日は何の日
(14)
伯巴
(10)
エース
(8)
夢
(6)
本初
(6)
早安
(5)
公路
(5)
ペーター
(4)
その他
(3)
ユリウス
(3)
ボリス
(3)
ブラッド
(3)
翼徳
(3)
孟徳
(3)
華陀
(3)
ビバルディ
(2)
ゴーランド
(2)
子龍
(2)
孟卓
(2)
玄徳
(2)
仲穎
(2)
ナイトメア
(1)
ディー&ダム
(1)
エリオット
(1)
ブラック×アリス
(1)
クイン×アリス
(1)
ルイス
(1)
ロベルト
(1)
マイセン
(1)
カーティス
(1)
ブラックさん
(1)
雲長
(1)
雲長
(1)
尚香
(1)
仲謀
(1)
公瑾
(1)
華佗
(1)
芙蓉姫
(1)
奉先
(1)
本初
(1)
妟而
(1)
孔明
(1)
文若
(1)
Powered by
てがろぐ
Ver 4.1.0.
ルイスルート、エンド後のお話です。2022年4月28日~29日のネップリ企画用に書き下ろしました。糖度高めを目指して書きました。
****************
真新しい油の匂い。カチャカチャと鳴る軽い金属音。彼が武器の手入れをしていることを、まどろみの中で悟る。
絵面もやっていることも、物騒としかいいようのないはずなのに、その音で落ち着いてしまう私はやはりおかしいのだろう。
思うように開かない瞼に眉をしかめて身じろげば、私が起きたことに気がついた彼が『怪獣ちゃん』と呼ぶはず――。
「アリス?」
けれど、掛けられた声は想像とは違うもので。ゆるゆると目を開ければ、いつの間にか近くに寄ってきていた彼が私を覗き込んでいた。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「……ううん」
怪獣ちゃん、なんて。
久しく呼ばれていないのに、何故そんなことを思ったのだろう。一人苦笑しながら、ベッドから身を起こそうとしたところで彼に肩を抑えられる。肩紐以外は剥き出しの肌にじわりと移る熱に、思わず彼から目線を逸らした。
「まだ寝ててください」
「でも、……もうお昼よね」
私のために締められたのであろうカーテンからは、わずかに光が洩れている。
時間帯はただの目安だけれど、やっぱり明るい時間には起きていたい。それに、お互い休みの時間帯なのだから、共に過ごしたいと思うのが普通だろう。
彼の手を軽く押し退ければ、今度は少し唇を尖らせるだけで、私の背に手を添えて起こすのを手伝ってくれる。ルイスは相変わらず『過保護』という言葉がぴったりな扱いをする。
ふと、彼がシャツ一枚の軽装であることに気が付き――すっかり変わってしまった関係を思い起こし、頬が熱を持つ。望んでいたこととはいえ、まだ『恋人』に慣れるのには時間がかかりそうだった。
「? どうかしましたか」
私の変化を敏感に悟った彼が、再び顔を覗き込むように近づける。心臓が跳ねるような感覚とともに、息が詰まる。
「……何でも」
「ないことないでしょう」
そして彼は私に身を擦り寄せる。今のは、『以前』のような触れ方。だけれど、異なるそれを知ったあとでは、慣れていたはずのものでも動揺するには十分だった。
きっと赤くなっているであろう顔を隠したくてシーツを引き寄せたところで、彼は声のトーンを落として話し始めた。
「――俺、ちゃんとあんたのこと大事に出来てます?」
「は?」
急に何の話だろう。思わず顔を上げれば、眼鏡の奥で揺れる彼の青い瞳。
「言ったでしょう? ペットは難しいけど、恋人ならちゃんと出来る気がするって」
「……だ、大事に出来てるんじゃない?」
以前のような他意のない触れ方であっても、この至近距離。ましてや、彼の言わんとすることを察して口ごもってしまう。けれども別に嘘というわけでもない。
『恋人』になった彼は、前にも増して私に丁寧に触れるようになった。彼の視線からも、触れ方からも。全身で、大切にされているのが伝わってくる。ただ、独占欲も更に増した。それは時に厄介でトラブルも引き起こすのだけれど、『怪獣ちゃん』と私を呼んでいたあの頃よりも、私のことが特別で大事なのだと思わせられる。少し窮屈であると同時に、私を満たしてくれていた。
――重症ね。
内心呆れながらも、そんな自分は嫌ではなかった。
ルイスはというと、じっと私を見つめたあと、するり私の頬に指を滑らせた。ほんのり香る油の匂いと、私より低い体温。そしてその触れ方は、先程とは違う艶かしさを含んでいて――。
「っ、ちょ」
「まだ、あんたに愛する方法を教えてもらえてないから……。うまく出来ているかわからないんですよね」
ギシリ、とベッドのスプリングが軋む。彼が身体の重心をこちらに寄せ、私の上にのし掛かるような体勢になる。
「『壊して』はいなくても、――ちゃんと愛せているのかわからない」
「っ、だから、出来てるって言ってるでしょ‼︎」
羞恥に耐えきれず、枕を掴んで彼の顔に押し付ける。顔は熱いし、胸はばくばくと早く脈打っている気がするし、嫌ではないけれど耐え難い。
枕をさらりと除けたルイスは、ずれてしまった眼鏡を外す。思わずどきりとしたことが悔しくて、そっと唇を噛む。
恋人になってから見せる姿は、心臓に悪い。もう乱れることはないはずなのに、以前の感覚のまま『ないはずのもの』があるように感じてしまう。
「でも」
「わ、私が――嫌とか……そういうのくらいは、わかるでしょう?」
つっかえながらも言葉を紡ぐ。
あなたのことだもの。きっと、私より私の変化には聡い。
ルイスは私の言葉を受けて、きょとんと目を瞬かせて動きを止めた。
「もうっ、この話は終わ――」
「じゃあ」
彼とは反対側からベッドを降りようと背を向けたところで、視界がひっくり返る。彼に、ベッドに押し倒されたのだ。
「あんたの思う『愛し方』を知りたいです」
「は、え……?」
「『されるばかりは嫌』。なんですよね?」
そんなことを言ったこともある。でも、そういう意味で言ったわけじゃない。けれども、熱を帯びた青い瞳に見据えられ、出てきたのは僅かな抵抗の言葉。
「……私、起きたばかりなんだけど?」
「ええ。だからちゃんと待ってました」
「……私が何て言おうと、そのつもりだったんじゃない」
くすりと笑って、ルイスが続ける。
「そういうわけじゃあないですけど――。あんたが、嫌じゃないとか言うから」
私のせいにしないでよと軽く睨むも、彼は愛おしそうに目を細めるだけ。――何てずるい。そんな顔をされて、逃げられるわけがない。
『怪獣ちゃん』
ふと脳裏をよぎるのは、かつての呼び名。あの関係も、欠けさせたくないほど私にとっては大事なもので。でも、やはり今の方が特別だと思い知らされる。
一つ、ため息をついて。観念して彼の顔に手を伸ばし、頬に触れる。たったそれだけで、彼の瞳が、口元が、触れる手つきが。全身で愛しいと伝えてくるから。
溺れてしまいそうなほどの幸せの中で、息が出来ない。
畳む