猫の額








『こいねがう』 #ペーター
「甘めのペタアリ」のリクで書きました。




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 絆された。
 押し切られた。
 決して前向きとは言い難い単語を浮かべながら、指先に当たる柔らかな毛に、思考がゆるゆると溶けてしまいそうだ。まだ、ウサギの姿なら許せていたあの頃から、ペーターの毛並みは白く綺麗で柔らかくて、触っている内に頬が勝手に緩んでしまう。
「ねえ」
「はい」
 目に痛いチェック柄の部屋のソファー座り、目に痛いチェック柄の服を着たウサギ耳の男を膝に乗せ。眼鏡の奥の目を細めた彼の表情に、まあこれは無理よね、と思う。何せ顔はいいのだ。そんな見目の良い男に、こんな蕩けそうな笑顔を向けられれば、誰だって落ちるだろう。
 無理もないはずだ、と、いうことにしておこう。
「あなた、次はいつから仕事なの?」
「あなたが望むまで、こうしていますよ」
 うっとりと紡がれる甘い言葉。質問に答えてくれないところは相変わらずだ。軽くため息をつき、耳ではなくまっすぐで光をはじく髪を掬い上げる。サラサラと指の隙間をすり抜けていく感触が何とも心地良い。その反対の手は、ペーターの胸の上で硬く繋がれ、彼の熱が馴染みきっていた。
「私は昼からなのよね。そろそろ準備もしておきたいし、帰っていいかしら」
「ええ⁉︎ 嫌です!」
「うん、そう言うと思った」
 だから早めに告げたのだ。けれど彼はその言葉に、「酷いです」とその綺麗な瞳と口を歪ませる。
「僕が悲しむと知ってて、そんなことを言うんですか?」
「知ってるから言ってんのよ」
 馬鹿ね、とこぼしたその言葉が、思ったよりも柔らかく響く。絆されたとか、押し切られたとか、そんなことを思いながらも、結局これだ。
 落ち切った髪をまた掬い、さらさらと指の間に滑らせていく。
「急にいなくなるより、いいでしょ」
 またこの部屋に戻ってくるからこそ、気兼ねなく言える言葉だってあるのだが、ペーターにはまだ難しいらしい。それでも、離れる度に嘆くウサギが、少しでも寂しい思いが薄れるように。握ったままの手に、祈るように力を込めた。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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