猫の額








『わすれません』 #ペーター
スペアリ、ルイスベストエンドの『あの人』視点のお話です。




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「私こそ、ありがとう」

 戻らない道を選んだ、彼女の想いのこもった言葉に無言で応える。その顔がほんの少し泣きそうで、酷いことに僕は何もかもが満ち足りた気分になってしまった。
 最後にきゅっと唇を引き結んで、踵を返した彼女の背中が遠のいていく。その足取りはしっかりと、まっすぐ前へと向かっている。それに胸を撫で下ろしながら、満ち足りたはずの胸がわずかに欠けた気がして、思わず胸を抑えた。
 ずっと願い続けた彼女の幸せは、これからも続くだろう。――もう、自分が関わることがありませんように。心からの望みのはずなのに、胸が締め付けられた。
 けれど、チクタクと規則正しく鳴り続ける時計の音が、胸の痛みを誤魔化してくれる。息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「――ありがとうございます」

 虚空に向かって。届かないとわかっていて。それでも言わずにはいられなくて。

「僕を、愛してくれて」

 彼女の選ばなかったものをずっと大事に抱え、そばにいられなくても、会えなくても、ずっと見守っていよう。
 ただ一人、僕の愛した人を。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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