猫の額








『わすれないわ』 #ペーター
スペアリ、ルイスベストエンドのアリス視点の『あの人』のお話です




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 重い瞼を押し上げれば、枕元のライトがぼんやりと辺りを照らしていた。
 寝起きの耳に届くのは、規則的な呼吸と僅かに鳴るカチコチという聞き慣れた時計の音。身体中に響くような、それ。
 寝る時には居なかったはずだと思ったところで、脇腹から抱えられるように回された腕に気がついた。首を伸ばして後ろを見れば、ライトに煌めいた銀髪が白く見えた気がして、一瞬どきりとする。――どう見ても、違うのに。
 今私を抱く彼の閉じられた瞳の色は、深い青。通った鼻筋。薄い唇。どれをとっても似ても似つかない、はずなのに。ときおり、彼の向こう側に一人の影を見る。
 彼が、この世界で初めて出会った人だからだろうか。『忘れない』と誓った、かつての案内人のことを思い出すときは、どうしてもルイスを通してしまうのだ。

「……私、幸せよ」

 届かぬとわかっていても、呟かずにはいられない。
 だって、私の幸せを望む、私だけの白ウサギの耳なら――。
 淡い願いに想いを馳せていると、恋人の顔が涙で滲む。幸せ。幸せなんだけど。
 

 あの潤んだ、小さな赤い瞳の分、どうしても埋まらない部分があるの。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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