猫の額








『たったそれだけでも』 #ゴーランド
スぺアリカウントダウン企画の参加で書きました。
アリスが1人やきもきしているメリアリです。




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「忙しそうで何よりだわ」
 
 ド派手な黄色いジャケットを見かけて、弾む胸を押さえて駆け寄って。従業員に声をかけている、彼の久しぶりの横顔に胸が締め付けられながら、また一歩近寄って。
 そこまでは、恋する普通の可愛い女の子。――だったのに。
 私に気づいて振り返った彼の顔が、いつもと何ら変わらない笑顔であったことに、自分でも驚くほど絶望したのだ。
 そうして口から出た言葉は何とも可愛げのない、棘が見えそうなほどのセリフだった。
 
「……えーっと、アリス?」

 案の定、彼は困った様に首を傾げた。
 繁忙期(この世界にもそんなものがあるらしい)にあたる今、恋人の顔を見るのも数時間帯ぶり。働きながらどこかですれ違ったりしないかと、ずっと、ずっとそんなことを考えていたというのに。

 ――ゴーランドは、私に会えなくたって平気なんだわ。

 嬉しい気持ちを一瞬でかき消してしまった、子どもっぽい思考。胸に抱えた書類の束を掴む手に、思わず力が入る。
 これはただの八つ当たりで、ゴーランドがそう思っていない可能性だってあるのに。もっとわかりやすく喜んで欲しかったと思ってしまう、幼い自分を抑えられない。

「どうか、したか?」
「別に。遊園地が儲かってて何よりね」
「……うーん。まあ、そう、だな?」

 目線を泳がせ頬を掻く恋人の姿に、自己嫌悪の溜息を飲み込む。「じゃあ頑張ってね」と笑顔で去れば、ゴーランドなら何事もなかったかのように流してくれるだろう。だって、彼は私とは違って大人だから――。
 笑おう。
 笑え。
 すっと息を吸い込んで顔を上げる。それと彼の大きな手が私の頬に伸びたのは、同時だった。

「アリス」

 彼の指先が、私の耳の後ろまで撫であげる。じわりと伝わる体温に、心臓が大きく音を立てた。

「何怒ってんだよ」

 彼の手と同じぐらい暖かな声。私を覗き込む瞳は、どこまでも穏やかで優しい。
 今この瞬間、忙しいこの人の意識全てが、私のことで埋まっているのだろうと錯覚してしまう。

「……あなたに会いたかっただけよ」

 彼の温かな手や、優しい声に。たとえこの行為に特別な意味がなかったとしても。
 簡単に満たされてしまうぐらいには、この人に溺れている。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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