猫の額
『恋も末』
#ブラッド
「恋人未満、甘めのブラアリ」リクで書きました。
****************
「本は借りなくてもいいのか」
身支度を終えても、気怠さはまとわりついたまま。それが不快でないことが嫌だった。
だから、掛けられた声を一瞬無視してやろうかという考えが、一瞬頭をよぎる。けれど、機嫌を損ねて圧をぶつけられる方が面倒だ。ため息をこらえながら振り返れば、襟元のボタンを閉める彼の長い指が目に入り――諸々を想起させるものだから、不覚にも頬に熱が走った。
「――ここで読むからいいわ」
出来るだけ素気なく返したつもりだが、ブラッドは満足したように口端を上げた。――ここで腹が立つより先に胸がときめいてしまう辺り、とことんこの顔に弱いのだと思い知らされる。
けれども、彼の望む解答をしてしまったことが悔しくて、振り切るように再び背中を向ける。そしてまだ疼くような身体の芯を無視して立ち上がろうと、足を伸ばしたときだった。つ、と頭が後ろに引っ張られる感覚。何事かと身を翻せば、ブラッドが私の髪の一房を手に取り――口付けていた。
何が起きたのか理解できず、ただただ彼の伏せられた瞼をふちどる長いまつ毛を眺める。
「な、なに?」
「……いや」
やっとのことで絞り出した声に、ブラッドが顔を上げる。そして己の手のひらの上にある私の髪を不思議そうに眺め、ぽつりと呟いた。
「……名残惜しいらしい」
気の抜けた声音に、胸が押し潰されるかと思った。
「――帰るわ」
唇を固く引き結び、ソファから逃げるように靴に向かって足を下ろす。てんでばらばらに転がったそれらにすら、脈が上がる。幸い、靴を履ききり早足で歩く私に、ブラッドは追いつけなかった。いや、追わなかっただけかもしれない。
重い扉を押し開け、振り返らずに廊下を歩く頃には、部屋に向かって走り出していた。頭の中に残った、さっきの彼の顔と声を置いていきたいのに、こびりついてちっとも消えてくれそうにない。
日に日に、または触れられる回数が増える度に。勘違いさせるような言葉と表情が増えている。最近なんかは特に酷く、廊下ですれ違ったときですら、愛おしげに視線を向けられて身が焼かれそうだと思う。
何より、彼自身が、気持ちに追いついていなさそうなその姿を見せられる度に、『本物』ではないかと錯覚させられそうで。子どもらしく求めていたものを、この人が埋めてくれるのかもなんて、甘ったるい考えがぞわりと内股から這い上がり気持ちが悪い。
そう、気持ちが悪い。面倒で、不毛で、どうしようもない。何より、昔の恋人と顔が似ているなんて救いようがないにも程がある。
そんな風に、どれだけこの感情が真っ当でないのだと卑下しても、私はまたあの部屋に向かうのだろう。もう、本なんてしばらく触ってもいないのに。
2023.02.12 21:46:12
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「恋人未満、甘めのブラアリ」リクで書きました。
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「本は借りなくてもいいのか」
身支度を終えても、気怠さはまとわりついたまま。それが不快でないことが嫌だった。
だから、掛けられた声を一瞬無視してやろうかという考えが、一瞬頭をよぎる。けれど、機嫌を損ねて圧をぶつけられる方が面倒だ。ため息をこらえながら振り返れば、襟元のボタンを閉める彼の長い指が目に入り――諸々を想起させるものだから、不覚にも頬に熱が走った。
「――ここで読むからいいわ」
出来るだけ素気なく返したつもりだが、ブラッドは満足したように口端を上げた。――ここで腹が立つより先に胸がときめいてしまう辺り、とことんこの顔に弱いのだと思い知らされる。
けれども、彼の望む解答をしてしまったことが悔しくて、振り切るように再び背中を向ける。そしてまだ疼くような身体の芯を無視して立ち上がろうと、足を伸ばしたときだった。つ、と頭が後ろに引っ張られる感覚。何事かと身を翻せば、ブラッドが私の髪の一房を手に取り――口付けていた。
何が起きたのか理解できず、ただただ彼の伏せられた瞼をふちどる長いまつ毛を眺める。
「な、なに?」
「……いや」
やっとのことで絞り出した声に、ブラッドが顔を上げる。そして己の手のひらの上にある私の髪を不思議そうに眺め、ぽつりと呟いた。
「……名残惜しいらしい」
気の抜けた声音に、胸が押し潰されるかと思った。
「――帰るわ」
唇を固く引き結び、ソファから逃げるように靴に向かって足を下ろす。てんでばらばらに転がったそれらにすら、脈が上がる。幸い、靴を履ききり早足で歩く私に、ブラッドは追いつけなかった。いや、追わなかっただけかもしれない。
重い扉を押し開け、振り返らずに廊下を歩く頃には、部屋に向かって走り出していた。頭の中に残った、さっきの彼の顔と声を置いていきたいのに、こびりついてちっとも消えてくれそうにない。
日に日に、または触れられる回数が増える度に。勘違いさせるような言葉と表情が増えている。最近なんかは特に酷く、廊下ですれ違ったときですら、愛おしげに視線を向けられて身が焼かれそうだと思う。
何より、彼自身が、気持ちに追いついていなさそうなその姿を見せられる度に、『本物』ではないかと錯覚させられそうで。子どもらしく求めていたものを、この人が埋めてくれるのかもなんて、甘ったるい考えがぞわりと内股から這い上がり気持ちが悪い。
そう、気持ちが悪い。面倒で、不毛で、どうしようもない。何より、昔の恋人と顔が似ているなんて救いようがないにも程がある。
そんな風に、どれだけこの感情が真っ当でないのだと卑下しても、私はまたあの部屋に向かうのだろう。もう、本なんてしばらく触ってもいないのに。