猫の額








『銃弾飛び交う麗しき世界』 #ブラッド
帽子屋非滞在のアリスとブラッド(友人)のお話です。




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 茶褐色の液体が、音さえも美しくティーカップに注がれていく。紅茶をより映えさせるために作られたカップ。香ばしい香りの焼き菓子。長いテーブルに敷かれたテーブルウェアも一級品だと一目でわかる。
 空は相変わらずの晴天。精緻に刈り込まれた生垣。
 どこもかしこも整えられたマフィアの邸宅の庭に、私はいた。
「……この上なく完璧なのよね」
 持ち上げたカップから漂う香りは、好みのもの。
 横めには、耳をぴくぴくとご機嫌に揺らしながら、この屋敷のナンバー2がオレンジ色の食べ物を頬張っており──まあ、これは光景そのものだけなら微笑ましい。
「気に入ってもらえて何よりだ。全てこの紅茶に合わせて作らせたのだよ」
 この屋敷の主が、満足そうに紅茶に口をつける。
 その所作が、これまた素晴らしく美しく、まるで絵画の中から抜け出たように見えなくもないところが腹立たしい。
 だがしかし、問題はそこではなかった。
 
 ズガン!

 と一際けたたましい銃声音。
 一発ではない。二発、三発。全て違う銃声音であり、それを聞き分けられるようになってしまった自分が嫌になる。
 音は近くでもないけれど、遠くもない。つまり、優雅なティータイムを楽しめる雰囲気とは、程遠かった。
 ありったけの息を吐ききり、そっとティーカップをテーブルに戻す。
「どうかしたか。菓子もお嬢さんが好みそうなものを用意したつもりだが」
「──どうもこうもないわよ。せっかくの紅茶が台無しじゃない?」
「まあ、硝煙の匂いさえ届かなければ、好きにさせている」
「……あっそう」
 何が、と言わずとも理解してくれる程度には知己の仲だ。だが、この男に何を言っても無駄だ。いや、自分のこの主張を「そうだな」と全面的に賛成してくれ
る人間など、この世界にはいないだろう。
 自分の滞在先の面々を思い浮かべ、もう一度ため息をつく。
 改めてカップに手を伸ばし紅茶を一口含めば、思った以上に豊かな香りと程よい苦味が広がった。
「おや、楽しむ気になったか?」
 涼しげな目元を綻ばせながら、彼が話しかけてくる。
 忌々しげにその笑顔を睨め付けながら、細工の美しいクッキーに手をつけた。
「銃声なんか気にしてたら、一生お茶にありつけないもの」
「逞しくなったものだな」
 友人の笑い声が、穏やかな午後のティータイムに響いた。

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