猫の額








『ただの気まぐれ』 #ブラックさん
「ブラックさんとアリスで甘め」というリクでした。添えた気がしないですが、書くのは楽しかったです。




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「何だ、また来たのかよ」
 不思議と、話す前から彼だとわかっていた。表情? 立ち姿? ううん、目に入った瞬間からわかってしまうのだ。これは、ブラックさんの方だって。
「……仕方ないじゃない。季節を変えたかったんだもの」
 だが生憎、ホワイトさんはいないらしい。彼らはこうして不規則に、変わったり変わらなかったりする。そして私は、目的が果たせそうもないのに、心が浮き立っているのを自覚していた。――どうしてこの人に。
 ため息をつきながら近くにあった切り株へ座れば、遠くから子どもたちがサーカスの練習に励んでいるらしい声が聞こえてきた。その合間には鳥の鳴き声。暗く、冷たい監獄とは違って、森の中は小さいけれど音がある。いや、あそこも別に静かなわけではない。金属音が絶え間なく響く日だって――。
「おい」
 言葉とともに、ごつりと頭を小突かれた。
「ふらふらすんな」
「……してないんだけど」
 座って、休憩しているだけだ。唇を尖らせながら頭をさすれば鼻で笑われ、馬鹿にされたとわかっているのに、どきりとしてしまう。
「……あなたはゲームしないのね」
 動揺を悟られまいと口を開けば、彼は一気に不機嫌そうな顔になる。
「別にいいだろ」
「弱いとか?」
「言ってろ」
 挑発に乗らなかった彼は、今度は私の頭をくしゃりと撫でた。小突かれたときよりも強い衝撃に思えて、慌てて唇を引き結ぶ。考え事をするフリをして頬杖をつけば、手のひらに伝わる熱は思ったよりも高かった。
「今日は何もねえぞ」
「そう」
「さっさと帰れ」
 余所者だと誰もが珍しがる中で、こんなことを言うのは彼とユリウスくらいだ。でも、そのユリウスだってもう帰れなんて言わないのに、彼だけはそう言い続ける。憐れみと、苛立ちを織り交ぜて。それでいて、どこか引き止めるようにそう言う。――だから、気になって仕方がないのだろう。それ以外に、理由なんてないはず。
「……少し休んだら、そうするわ」
「はっ。暇人だな」
 馬鹿にするように、でも決して嫌な感じではなくて。その事実が、心の底を波立たせる。そして追い出しもしないから、私はまたここに足を向けてしまうのだ。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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