猫の額








『待ち焦がれていた人は、』 #エース
スぺアリカウントダウン企画参加で書きました。
どの国でも、エースのことを待っていたらいいなと思っています。




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 ひっかきほつれた、ボロボロの裾。時間が経てば元通りになるというのに、彼のコートの裾はいつでも酷い有様だ。修復すら追いつかないほど、悪路を通っているということだろうか。それとも、路みちのせいだけではないのだろうか。

「……相変わらずみたいね」

 動きかける心を勤めて均ならせば、思ったよりも無愛想な声が出た。
 カチン、と甲高い金属のぶつかる音。そこそこ地位が高いらしい騎士にしては、簡素な造りの鍔つばが鞘に納められた。
 そこで初めて彼がこちらへ向き直る。相変わらずの、ずっと見たかった笑みを携えて。

「心配してくれてるの?」

 ぱたりと、彼の赤い赤い裾から雫が落ちる。すぐに土に染みて黒く変わったそれは、一時も経てば何の痕跡も残さず消えてしまうのだろう。

「全然心配なんかしてないけど」
「へえ」

 そっか、と対して感心を含まない声に、こちらが傷つく。私のことなど、そこらに転がした刺客と大差ないのだろう。

「……探してはいたわよ」
「……そっか」

 少しだけ色を帯びたその声に後押しされて、一歩を踏み出す。ポケットからハンカチを取り出しながら、躯むくろの間を通り抜ける。

「しゃがんで」
「?」
「早く」

 意味もわからないまま素直に従う彼の顔は、年相応に見えた。
 何も含むところのない、真っ当な騎士。
 ――頬についた返り血を除いて。
 ずっと見たかった顔にその赤は邪魔に思えて、壊れものに触れるように、そっとハンカチを押し当てた。

「……汚れちゃうよ」
「洗うからいいわよ」

 彼の側までくると、血の匂いでむせ返りそうだ。思わず顰しかめた眉に対してなのだろうか。彼は微笑んで、ハンカチを持つ私の手に大きな手を重ねる。
 血に染まった手袋で。
 ぬるりと、何とも言えない感触が手の甲を這う。

「君は変わってる」
「あなたには言われたくないわ」

 
 周囲を染める赤よりも、久方ぶりに会えた赤しか目に入らなくて。
 思ったよりも重症なのだと、震える胸の様をありありと受け止めるしかなかった。

ハートの国のアリスシリーズ 編集

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