猫の額








『あなただから』 #翼徳
夫婦後の翼花です。『色っぽいお話書きたい』アンケートで書きましたのでそういう内容です。




****************



「ごめんね、花」

 心地の良い温もりの中、意識を手放す寸前。翼徳さんの申し訳なさそうな声に、無理矢理瞼を押し上げた。
 薄暗い闇の中。朧おぼろげにしか彼の顔は見えないけれど、どんな表情をしているのかすぐにわかったことがおかしくて、くすりと笑いを溢した。

「大丈夫ですよ」

 のしかかる熱っぽい重さが、素肌に張り付く。重すぎないけれどもぴたりと寄り添うそれは、『私を潰してしまわないように』という想いが全身に伝わるようで。事を終えたこの瞬間は、いつも満ち足りた気持ちになる。

「でも――、痛いよね」

 不意に触れられた剥き出しの左肩に、思わず眉を顰しかめてしまう。ごめん、と泣きそうに揺れた翼徳さんの声に、安心させるように意図的に笑ってみせた。

「本当に、大丈夫ですよ」

 宙ぶらりんになってしまった翼徳さんの手を掴み、私の頬に擦り寄せる。硬い皮膚の、大きな手。この手も、そしてこの手に触れられるのも、大好きだ。

「すぐ、治りますから」

 ――毎回というわけではないけれど、翼徳さんは私を“食べる”癖がある。
 端的に言えば“噛む”なのだけれど、その表現は何だかしっくりこないのだ。もっと言えば、“食べてしまう”と言った方がぴったりかもしれない。
 花、と熱っぽく私の名前を呼びながら、肩や腕に歯を立ててしまう彼の行為は痛みを伴う。けれど、優しい彼が私を傷つけてしまうほどに我を失っているという事実は、残る痕も含めて『嬉しい』と思ってしまうのだ。
 でも――。

 痛いのに嬉しいなんて、変なのかな。

 湧き出た小さな不安を、幾分か表情を緩ませた翼徳さんの顔を眺めて紛らわせようとしたときだった。

「花も、俺のこと噛んでいいからね」

 もう噛まない、ではなく噛み返しても良いと言われたことが、この行為を受け入れる私ごと肯定されたような気がして息を呑む。込み上げる愛しさをどうしたらいいのかわからなくて、彼の汗ばんだ首に手を伸ばし抱きついた。


 私がつけた痕に、翼徳さんも同じように嬉しく思ってくれるのなら――。それもいいのかもしれない。

三国恋戦記 編集

Powered by てがろぐ Ver 4.1.0.