猫の額
『還るべき人』
#雲長
#夢
もし花ちゃんが雲長ルートでなかったら……を思うと居ても立っても居られず書いた救済のつもりの夢でした。
****************
彼はどこから来たのだろう。ふと、そんなことを考えてしまうことがある。
夫の関雲長。生まれた場所は勿論知っている。出自が怪しい男なわけではない。あの劉玄徳の義兄弟で、身分もはっきりとしている。そして、どこか懐かしい人――。
それなのに。時折彼がこの世の人ではないような不思議な感覚に陥るのだ。
門番に名を告げ、城内へと入れてもらう。今の時間は部屋にいるだろうか――。とりあえず寄って、不在ならば荷を置いていこう。滅多に来ない城内へと足を踏み入れたのは、これまた珍しく夫が忘れ物をしたためである。
迷いのない足取りで夫の部屋へと向かう曲がり角に差し掛かった際、前から少女がやってくるのが見えた。
「――っ」
思わず、息を呑んだ。
「あの?」
「えっ」
「荷物、落とされましたよ?」
「あ、あぁ、ありがとうございます」
――似ている。
見目形の話ではない。雰囲気が。彼女のまとう空気が、夫のそれと酷似している。
いつの間にか落としてしまった荷を受け取りながら、心臓が早鐘の様に鳴り続ける。
「――お前。何故、ここに」
聞き慣れた声に現実に引き戻されると、夫が後ろに立っていた。
「……わ、すれ物を、」
「ああ。すまない。後で使いをやろうと思っていたところだった。助かった」
小さく笑った彼の顔をまともに見ることができず、震える手で荷を渡し「帰りますね」と小さく告げて踵を返した。
何も手に着かないまま過ごしたその日、いつもより少し早く帰ってきた夫と夕餉を取りながら、乱れそうになる声を押しとどめて尋ねた。
「昼間、見慣れない方がいたのですけれど……」
「……? ああ、軍師だ。花という」
「軍師……。珍しいお召し物でしたね」
「ああ。異国から来たらしい」
異国…。
――あなたと、同じ処から来たのでしょうか。
そう尋ねたくなる衝動を抑える。何故かそう確信していた。そうとしか思えなかった。
「どうかしたか」
「いえ……」
不思議そうにする雲長に笑うことで、言いようのない不安を打ち消そうとするが、無理だった。あなたが時折寂しそうなのは、故郷を想っているのだろうか。
あれから住む場所も何度か変わり、ほどなくして天下は三分され太平の世がやってきた。そんな折、あの花という少女が国に帰ったのだという話を夫が始めた。思わず綻びを繕うため針を進めていた手が止まる。
「お国に……」
「ああ」
一度会ったことがあっただろう、と言われ回らない頭で頷く。
「あなたは――」
「ん?」
「帰、らなくて、も……?」
夫が目を瞬かせて首を傾げた。
「いえ、その、……お国に――。お帰りには」
「あそこにはもう縁者も誰もいないしな。ここを統治する役目も仰せつかっている」
「そう、ですね……」
ほっとしている自分と、胃の底から何かがじわじわとせりあがるような感覚。ああ、これは私の醜い気持ちだ。
「それに、俺の帰るところはここだろう」
その、言葉に。今までつっかえていたものがあふれ出してしまった。
「お、おい、どうした」
「っ、ふっ」
ぽろぽろと後から後から涙が零れていく。止まらない。ついに肩を揺らして嗚咽するほど衝動は強くなり、夫が背中をさするのも気づかずに泣き続けた。
「何か、あったのか」
戸惑いつつも優しい声に首を振りながら、泣きすぎて声が出せないことに安心する。
貴方の幸せを一番に願うことのできない私は、今何を口走ってしまうかわからない。
2020.08.07 19:02:27
三国恋戦記
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もし花ちゃんが雲長ルートでなかったら……を思うと居ても立っても居られず書いた救済のつもりの夢でした。
****************
彼はどこから来たのだろう。ふと、そんなことを考えてしまうことがある。
夫の関雲長。生まれた場所は勿論知っている。出自が怪しい男なわけではない。あの劉玄徳の義兄弟で、身分もはっきりとしている。そして、どこか懐かしい人――。
それなのに。時折彼がこの世の人ではないような不思議な感覚に陥るのだ。
門番に名を告げ、城内へと入れてもらう。今の時間は部屋にいるだろうか――。とりあえず寄って、不在ならば荷を置いていこう。滅多に来ない城内へと足を踏み入れたのは、これまた珍しく夫が忘れ物をしたためである。
迷いのない足取りで夫の部屋へと向かう曲がり角に差し掛かった際、前から少女がやってくるのが見えた。
「――っ」
思わず、息を呑んだ。
「あの?」
「えっ」
「荷物、落とされましたよ?」
「あ、あぁ、ありがとうございます」
――似ている。
見目形の話ではない。雰囲気が。彼女のまとう空気が、夫のそれと酷似している。
いつの間にか落としてしまった荷を受け取りながら、心臓が早鐘の様に鳴り続ける。
「――お前。何故、ここに」
聞き慣れた声に現実に引き戻されると、夫が後ろに立っていた。
「……わ、すれ物を、」
「ああ。すまない。後で使いをやろうと思っていたところだった。助かった」
小さく笑った彼の顔をまともに見ることができず、震える手で荷を渡し「帰りますね」と小さく告げて踵を返した。
何も手に着かないまま過ごしたその日、いつもより少し早く帰ってきた夫と夕餉を取りながら、乱れそうになる声を押しとどめて尋ねた。
「昼間、見慣れない方がいたのですけれど……」
「……? ああ、軍師だ。花という」
「軍師……。珍しいお召し物でしたね」
「ああ。異国から来たらしい」
異国…。
――あなたと、同じ処から来たのでしょうか。
そう尋ねたくなる衝動を抑える。何故かそう確信していた。そうとしか思えなかった。
「どうかしたか」
「いえ……」
不思議そうにする雲長に笑うことで、言いようのない不安を打ち消そうとするが、無理だった。あなたが時折寂しそうなのは、故郷を想っているのだろうか。
あれから住む場所も何度か変わり、ほどなくして天下は三分され太平の世がやってきた。そんな折、あの花という少女が国に帰ったのだという話を夫が始めた。思わず綻びを繕うため針を進めていた手が止まる。
「お国に……」
「ああ」
一度会ったことがあっただろう、と言われ回らない頭で頷く。
「あなたは――」
「ん?」
「帰、らなくて、も……?」
夫が目を瞬かせて首を傾げた。
「いえ、その、……お国に――。お帰りには」
「あそこにはもう縁者も誰もいないしな。ここを統治する役目も仰せつかっている」
「そう、ですね……」
ほっとしている自分と、胃の底から何かがじわじわとせりあがるような感覚。ああ、これは私の醜い気持ちだ。
「それに、俺の帰るところはここだろう」
その、言葉に。今までつっかえていたものがあふれ出してしまった。
「お、おい、どうした」
「っ、ふっ」
ぽろぽろと後から後から涙が零れていく。止まらない。ついに肩を揺らして嗚咽するほど衝動は強くなり、夫が背中をさするのも気づかずに泣き続けた。
「何か、あったのか」
戸惑いつつも優しい声に首を振りながら、泣きすぎて声が出せないことに安心する。
貴方の幸せを一番に願うことのできない私は、今何を口走ってしまうかわからない。