猫の額
『日没とともに』
#早安
#三国恋戦記・今日は何の日
『家族』
早安エンド後の話(早花前提の……というCP色薄めの話です)。
当時ほぼ書き上げてましたが、ちょっとテーマとあれかな……と違うもの出してました。
****************
陽が落ちる頃合いが、一番嫌いだった。
鴉の鳴き声は耳障りだったし、どこかに帰り着く人々を眺めるのも、最悪な気分になったから。
もっとも、そんな感情なんてとっくの昔に忘れていた。なのに思い出したのは、薬草を集めた帰り、道端にうずくまる子どもを見つけたせいだ。
「…………」
背格好から察するに、二軒隣のガキだ。どうしたのかと声を掛けるべきなのだろう。
向こうも立ち止まった俺に気づいていないはずはないが、微動だにしない。意味もなく手を上げ口を開きかけ──何と切り出せばいいかわからず、そのまま頭を掻いた。
花に会うまで、人の感情なんてどうでもいいと思っていた。別に、相手が何を考えているのかが、わからないわけではない。寧ろ、思考が読めなければ死が待っているような世界で生きてきた。だから『わかる』
だけに、何と言ったらいいのかわからなくなることがある。これが以前の仕事のまま、誰かになりきっていれば、すらすらと言葉は出てくるのだろうが。
今は『早安』だから、言葉がすぐには出てこない。
もう一度、鴉が泣く。声を掛けることも、置いていくこともできずに、静かにため息をついて彼の隣に座った。
「……」
「……」
俺は空を見上げ、ガキはうずくまり顔を伏せ無言のまま。じきに陽が落ちれば、もっと冷えた風が吹くだろう。それは、帰る場所のない自分を惨めに思っていたあの日々を、蘇えらせる。
「……先生、帰りなよ」
くぐもった声に振り向きも返事もせず、頬杖をついた。
「──何してんの?」
反応がないことに痺れを切らしたのか、近所のガキは顔を上げた。
「いや、疲れたから休憩中」
「……ふうん」
「お前は?」
「──俺は、」
ず、と鼻を啜る音。
「……休憩中だよ」
「そうか」
帰る場所があろうがなかろうが、『帰れない』と思っているのであれば、その気持ちはわかる気がする。
だから、掛ける言葉もない。掛ける必要もない。どうしてそんなことを思うのだろうか、と考えた瞬間、一つの光景が頭をよぎった。すっかり忘れていた遠い日の記憶。──別に、思い出さなくても良かったとい
うのに。
「──帰るか」
気づけば、『あいつ』と同じ台詞を口にしていた。
のろのろと無言で立ち上がる子どもを視界の端に入
れながら、あのとき『あいつ』はどんな気持ちだった
のだろう、と考えて頭を振る。そんなこと、考えたっ
て意味がない。
「あ、お帰り」
花が、かまどの火加減と格闘しながらこちらを振り向いた。その頬には黒い炭。思わず笑ってしまった。
「……何?」
「ん」
袖で擦ってやれば、やや薄くなったものの、湯で落とさないと完全には落ちないだろう。
「子どもみたいだな、お前」
「……そんなことないよ」
半目で口を尖らせる花の頬を摘む。いひゃいよ、と不満を漏らす花を眺めながら、いつも通りに見えるように笑ってみせる。
けれども思い出してしまった昔のことが頭の隅でち
らつく。近所の子どもの寂しそうな背中が、自分もあ
んな風だったのだろうかと心がざわついて仕方ない。
失敗すれば容赦なく叱るくせに、夕暮れに一人佇ん
でいると、いつの間にか静かに隣に立っていた。一度
もその顔を仰ぎ見ることはしなかったから、『あいつ』がどん
な表情をしていたのかはわからない。でも──。
『帰りますか』
必ず、帰る気になった瞬間に一言。ただ、それだけ。
逃げられたら困るから、居場所を把握していただけ。余計な情などないから、黙っていただけ。思いつくそれらは辻褄が合うし、いかにも『あいつ』らしい。
なのにさっき繋げてしまった行動と、その中で起こった己の感情は、噛み合わないのだ。
「……どうかした?」
不安げな花の声に意識が引き戻される。俺を覗き込む瞳が揺れていて、安心させるように目を細めてから抱き寄せる。
「──何でもない」
そう、何でもないことだ。
花の体温に、身体が冷えていたことに気がつく。そんな俺の背中を、遅れて宥めるように花が叩き出した。
子ども扱いされたことに笑いながら、みじめだったあの頃の俺はもういないのだと、肩の力が抜けていく。
『家族』という言葉で思い浮かぶのは母親だった。ずっと、その一人だけだった。そこに今、花が加わったけれど──。
「……何だったんだろうな」
あいつとの関係に、名前でもつけていれば良かったのだろうか。そうすれば、今更面倒なことを考えずに済んだのか。
ぽつりと零した言葉を聞き取れなかったのか、花が身じ
ろぐ。その頭を撫でながら「何でもないんだ」ともう一度呟いた。
2022.03.31 19:01:37
三国恋戦記
編集
HOME
読み終えた場合は、ウィンドウを閉じてお戻りください
三国恋戦記
(45)
三国恋戦記 魁
(30)
ハートの国のアリスシリーズ
(35)
アラビアンズ・ロスト
(4)
仲花
(22)
三国恋戦記・今日は何の日
(14)
伯巴
(10)
エース
(8)
夢
(6)
本初
(6)
早安
(5)
公路
(5)
ペーター
(4)
その他
(3)
ユリウス
(3)
ボリス
(3)
ブラッド
(3)
翼徳
(3)
孟徳
(3)
華陀
(3)
ビバルディ
(2)
ゴーランド
(2)
子龍
(2)
孟卓
(2)
玄徳
(2)
仲穎
(2)
ナイトメア
(1)
ディー&ダム
(1)
エリオット
(1)
ブラック×アリス
(1)
クイン×アリス
(1)
ルイス
(1)
ロベルト
(1)
マイセン
(1)
カーティス
(1)
ブラックさん
(1)
雲長
(1)
雲長
(1)
尚香
(1)
仲謀
(1)
公瑾
(1)
華佗
(1)
芙蓉姫
(1)
奉先
(1)
本初
(1)
妟而
(1)
孔明
(1)
文若
(1)
Powered by
てがろぐ
Ver 4.1.0.
#三国恋戦記・今日は何の日 『家族』
早安エンド後の話(早花前提の……というCP色薄めの話です)。
当時ほぼ書き上げてましたが、ちょっとテーマとあれかな……と違うもの出してました。
****************
陽が落ちる頃合いが、一番嫌いだった。
鴉の鳴き声は耳障りだったし、どこかに帰り着く人々を眺めるのも、最悪な気分になったから。
もっとも、そんな感情なんてとっくの昔に忘れていた。なのに思い出したのは、薬草を集めた帰り、道端にうずくまる子どもを見つけたせいだ。
「…………」
背格好から察するに、二軒隣のガキだ。どうしたのかと声を掛けるべきなのだろう。
向こうも立ち止まった俺に気づいていないはずはないが、微動だにしない。意味もなく手を上げ口を開きかけ──何と切り出せばいいかわからず、そのまま頭を掻いた。
花に会うまで、人の感情なんてどうでもいいと思っていた。別に、相手が何を考えているのかが、わからないわけではない。寧ろ、思考が読めなければ死が待っているような世界で生きてきた。だから『わかる』
だけに、何と言ったらいいのかわからなくなることがある。これが以前の仕事のまま、誰かになりきっていれば、すらすらと言葉は出てくるのだろうが。
今は『早安』だから、言葉がすぐには出てこない。
もう一度、鴉が泣く。声を掛けることも、置いていくこともできずに、静かにため息をついて彼の隣に座った。
「……」
「……」
俺は空を見上げ、ガキはうずくまり顔を伏せ無言のまま。じきに陽が落ちれば、もっと冷えた風が吹くだろう。それは、帰る場所のない自分を惨めに思っていたあの日々を、蘇えらせる。
「……先生、帰りなよ」
くぐもった声に振り向きも返事もせず、頬杖をついた。
「──何してんの?」
反応がないことに痺れを切らしたのか、近所のガキは顔を上げた。
「いや、疲れたから休憩中」
「……ふうん」
「お前は?」
「──俺は、」
ず、と鼻を啜る音。
「……休憩中だよ」
「そうか」
帰る場所があろうがなかろうが、『帰れない』と思っているのであれば、その気持ちはわかる気がする。
だから、掛ける言葉もない。掛ける必要もない。どうしてそんなことを思うのだろうか、と考えた瞬間、一つの光景が頭をよぎった。すっかり忘れていた遠い日の記憶。──別に、思い出さなくても良かったとい
うのに。
「──帰るか」
気づけば、『あいつ』と同じ台詞を口にしていた。
のろのろと無言で立ち上がる子どもを視界の端に入
れながら、あのとき『あいつ』はどんな気持ちだった
のだろう、と考えて頭を振る。そんなこと、考えたっ
て意味がない。
「あ、お帰り」
花が、かまどの火加減と格闘しながらこちらを振り向いた。その頬には黒い炭。思わず笑ってしまった。
「……何?」
「ん」
袖で擦ってやれば、やや薄くなったものの、湯で落とさないと完全には落ちないだろう。
「子どもみたいだな、お前」
「……そんなことないよ」
半目で口を尖らせる花の頬を摘む。いひゃいよ、と不満を漏らす花を眺めながら、いつも通りに見えるように笑ってみせる。
けれども思い出してしまった昔のことが頭の隅でち
らつく。近所の子どもの寂しそうな背中が、自分もあ
んな風だったのだろうかと心がざわついて仕方ない。
失敗すれば容赦なく叱るくせに、夕暮れに一人佇ん
でいると、いつの間にか静かに隣に立っていた。一度
もその顔を仰ぎ見ることはしなかったから、『あいつ』がどん
な表情をしていたのかはわからない。でも──。
『帰りますか』
必ず、帰る気になった瞬間に一言。ただ、それだけ。
逃げられたら困るから、居場所を把握していただけ。余計な情などないから、黙っていただけ。思いつくそれらは辻褄が合うし、いかにも『あいつ』らしい。
なのにさっき繋げてしまった行動と、その中で起こった己の感情は、噛み合わないのだ。
「……どうかした?」
不安げな花の声に意識が引き戻される。俺を覗き込む瞳が揺れていて、安心させるように目を細めてから抱き寄せる。
「──何でもない」
そう、何でもないことだ。
花の体温に、身体が冷えていたことに気がつく。そんな俺の背中を、遅れて宥めるように花が叩き出した。
子ども扱いされたことに笑いながら、みじめだったあの頃の俺はもういないのだと、肩の力が抜けていく。
『家族』という言葉で思い浮かぶのは母親だった。ずっと、その一人だけだった。そこに今、花が加わったけれど──。
「……何だったんだろうな」
あいつとの関係に、名前でもつけていれば良かったのだろうか。そうすれば、今更面倒なことを考えずに済んだのか。
ぽつりと零した言葉を聞き取れなかったのか、花が身じ
ろぐ。その頭を撫でながら「何でもないんだ」ともう一度呟いた。