猫の額








『猫とあなたと』 #早安
#三国恋戦記・今日は何の日  『猫の日』
エンド後定住前の二人です。




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『猫とあなたと』
(お題:猫の日)
「早安って、ちょっと猫っぽいよね」
 秣陵を出て、二人で暮らす場所を探す中、そこそこ大きな街に立ち寄った。初めて訪れた場所だが活気もあり、治安も良さそうだ。──しかし、暮らすにはやや人の流れが盛ん過ぎる。
 道の端に腰を下ろし、そんなことを考えながら竹筒の中の水を煽ったときだった。両手で頬杖をついた花が、何の脈絡もそんなことを言うものだから、思わず顔をしかめて聞き直す。
「……何?」
 花の視線の先を追えば、道行く人の隙間を器用にすり抜け歩く野良猫。薄汚れた、どこにでもよくいるようなやつだ。
「……」
 ごくりと水を飲み込みながら、ああ確かにと納得する。居場所もなく、誰かと馴れ合うこともない。猫一匹、誰一人気に留めることなどない。いてもいなくても、同じ――。
 自嘲するように口角を上げると、花もくすりと小さく笑いをこぼした。
「動きがしなやかで綺麗なとことか。身軽で、高いとこにもさっと登れ
ちゃうし」
 花の言葉に合わせたかのように、猫はたたっと斜めに立てかけられた板を駆け上がる。花の横顔を見遣れば、目を細め頬を緩ませていた。
「……」
「懐くまでは素っ気ないけど、でもちゃんと見てるんだよね。こっちのこと」
 かわいいなあ。
 愛おしげに呟いたその言葉に、頬が熱くなり、思わず手で口元を覆った。
 猫に向けられた言葉だろうとしても、だ。そこに俺を重ねた上での発言に、動揺しない方が無理だというものだ。それに――。
「……お前だけだしな」
「ん?」
 花が首を傾げ、俺を見る。
 野良猫なんて、誰も気にしない。煙たがられる方が自然なくらいの存在を、慈しむのは花ぐらいだ。
 俺と一緒にいようと思うのは、花だけ。
「――懐いた後は?」
「へ」
「懐いた後は、どういうとこが可愛いわけ?」
 自分ばかり乱されたのが悔しくて、花の顔を覗き込むように近づける。
 花はまずはその距離に驚き、己の発言を振り返ったのか、じわじわと
顔を赤く染めていく。
「え、っと」
「どこ?」
「う……や、優しい、とこ?」
 俺に訊かれても。
 軽く吹き出しながらも、花から目線は逸らさない。
「優しい、ねえ。それって猫が?」
「……今は意地悪だよ」
 頬を染めたまま口を尖らせた花に、今度こそ声を上げて笑った。

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