猫の額
『季節』
#孟卓
#夢
魁四周年記念で書いたものの一つです。
名前変換はなく、オリジナルの夢主です。
****************
「君は、好きな季節はあるのかい?」
少し離れた場所で手仕事に集中していた彼女が、ぴたりとその手を止めた。ゆっくりとこちらに向き直り、首を傾げる。
「……急に何のお話でございますか」
「いや、別に。少し気になっただけさ」
卓に頬杖をつきながら、格子窓の外を眺める。ここからは見えないが、生垣には鮮やかな花が咲き誇っているはずだ。
その花が咲くと、彼女──妻──に出会った頃のことを思い出す。あの花の前で、緩やかに微笑んだ姿を。
そしてその記憶はほんの少し、俺の罪悪感を刺激する。
「……人並みにはございます」
「へえ。いつだい?」
彼女らしい回りくどい答え方に笑いが漏れる。そして、贈り物と関係なく好みついて訊ねること自体、初めてかもしれないことに気がついた。そもそも、口数の少ない彼女
とは会話自体が少ないのだ。
更に妻は表情の変化も乏しい。笑顔など、記憶の中にあるそれぐらいだ。
それでいて冷たい印象は与えない。ただ、そこに静かにいる。
そんな彼女と共に過ごすのは、とても心地良かった。きっと、彼女が俺には何も求めていないからだろう。
それが、俺が初めて迎えた妻だった。
「……私の好きな季節などを聞いて、楽しいのですか?」
「楽しい、楽しくないではなく、ただの暇つぶしだよ」
"彼女好み"の返答を返す。君個人に大して興味はないのだと示す方が、彼女は落ち着くように見えるからだ。
想い人がいながら、張家に嫁がなければならなかった彼女に対して、俺が出来る数少ないことの一つ。
「……今の季節、です」
珍しく戸惑いの色が混ざったその言葉に、彼女を盗み見た。
彼女の視線は格子窓の方へと向けられているせいで、表情まではよくわからない。
──庭にある花は、彼女の想い人が好きな花だった。
二人が、あの花の前で笑いあう姿を、今でもはっきりと覚えている。
「へえ」
思いの外冷えた声が出て、慌てて身を正す。面白くないなどと、一瞬でも思った自分に動揺する。
今の声音に妻が気づいたのかはからないが、居心地の悪さに適当なことを言って誤魔化そうと口を開きかけたときだった。
「あなたの」
「え」
「好きな花が満開になりますから」
それだけ答えると、また彼女は手元の針仕事に意識を戻した。
その様子を、卓越しにぼんやり眺める。
「……そうか」
「はい」
「そう、か」
「はい」
間抜けに言葉を繰り返しながら、一度停止した思考を懸命に動かそうとする。
──俺が好きだから?
あの花を好きだと思ったことなど一度もないのだが、とかく彼女にはそう見えているらしい。
彼女は話しかける前と寸分違わず、淀みなく手を動かしている。
ほんの少し薄れた罪悪感のせいだろうか。思わず緩みそうになる頬を手で抑える。
「……そっか」
「はい」
意味のない言葉にも律儀に返す相槌が心地よくて、自然と上がる口角に素直に従った。
2022.08.22 18:57:36
三国恋戦記 魁
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少し離れた場所で手仕事に集中していた彼女が、ぴたりとその手を止めた。ゆっくりとこちらに向き直り、首を傾げる。
「……急に何のお話でございますか」
「いや、別に。少し気になっただけさ」
卓に頬杖をつきながら、格子窓の外を眺める。ここからは見えないが、生垣には鮮やかな花が咲き誇っているはずだ。
その花が咲くと、彼女──妻──に出会った頃のことを思い出す。あの花の前で、緩やかに微笑んだ姿を。
そしてその記憶はほんの少し、俺の罪悪感を刺激する。
「……人並みにはございます」
「へえ。いつだい?」
彼女らしい回りくどい答え方に笑いが漏れる。そして、贈り物と関係なく好みついて訊ねること自体、初めてかもしれないことに気がついた。そもそも、口数の少ない彼女
とは会話自体が少ないのだ。
更に妻は表情の変化も乏しい。笑顔など、記憶の中にあるそれぐらいだ。
それでいて冷たい印象は与えない。ただ、そこに静かにいる。
そんな彼女と共に過ごすのは、とても心地良かった。きっと、彼女が俺には何も求めていないからだろう。
それが、俺が初めて迎えた妻だった。
「……私の好きな季節などを聞いて、楽しいのですか?」
「楽しい、楽しくないではなく、ただの暇つぶしだよ」
"彼女好み"の返答を返す。君個人に大して興味はないのだと示す方が、彼女は落ち着くように見えるからだ。
想い人がいながら、張家に嫁がなければならなかった彼女に対して、俺が出来る数少ないことの一つ。
「……今の季節、です」
珍しく戸惑いの色が混ざったその言葉に、彼女を盗み見た。
彼女の視線は格子窓の方へと向けられているせいで、表情まではよくわからない。
──庭にある花は、彼女の想い人が好きな花だった。
二人が、あの花の前で笑いあう姿を、今でもはっきりと覚えている。
「へえ」
思いの外冷えた声が出て、慌てて身を正す。面白くないなどと、一瞬でも思った自分に動揺する。
今の声音に妻が気づいたのかはからないが、居心地の悪さに適当なことを言って誤魔化そうと口を開きかけたときだった。
「あなたの」
「え」
「好きな花が満開になりますから」
それだけ答えると、また彼女は手元の針仕事に意識を戻した。
その様子を、卓越しにぼんやり眺める。
「……そうか」
「はい」
「そう、か」
「はい」
間抜けに言葉を繰り返しながら、一度停止した思考を懸命に動かそうとする。
──俺が好きだから?
あの花を好きだと思ったことなど一度もないのだが、とかく彼女にはそう見えているらしい。
彼女は話しかける前と寸分違わず、淀みなく手を動かしている。
ほんの少し薄れた罪悪感のせいだろうか。思わず緩みそうになる頬を手で抑える。
「……そっか」
「はい」
意味のない言葉にも律儀に返す相槌が心地よくて、自然と上がる口角に素直に従った。