猫の額








『乙女たちの休息』 #芙蓉姫
#三国恋戦記・今日は何の日 『ファッションショーの日』
芙蓉姫と花の、ある休みの日のお話。
時系列はルート分岐前でも、エンド後でもお好きなように。




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 かちゃり、と軽い陶器の音がするだけで、お茶の香りが漂ってきそうな気がする。
 お湯をそっと茶葉に向かって注げば、あっという間に葉が広がっていくから、目でも楽しめる。
 こじんまりとした、けれども手入れの行き届いたことが一目でわかる室内。物が多いわけではないけれど、私の部屋とは違って『自室』であることが感じられるここ――芙蓉姫の部屋――は、友達の自室に招かれた感覚を思い出すから好きだ。
 こうして休みが重なった時は、彼女の部屋でお茶を楽しむことが多い。

「今日のお茶菓子はこれよ」

 私がお茶を配膳する横で、芙蓉姫が手作りのお菓子をテーブルに置いた。たった、それだけ。
 それだけなのに、彼女の動きに合わせてさらりと流れる振り袖や、少しかがめば首元の飾りが軽く音を立てた姿の美しさに、考えるより先に言葉がこぼれていた。

「芙蓉姫の服って、可愛いよね」

 いや、服ではなく芙蓉姫の仕草が綺麗なんだ――。
 言い直そうとして目線を上げれば、心底驚いた表情の彼女と目が合った。

「……あなたって、お洒落に興味があったのね」
「あ、あるよ……」

 あんまりな言葉に眉尻を下げれば、「あらごめんなさい」と悪びれもせず芙蓉姫が答えた。

「だって、あなた全然着飾らないじゃない。宴のときだってすぐに脱いじゃうし」
「別に、興味がないわけじゃなくて……」

 椅子に座り、手元のお茶を一口含む。知らない香りが鼻腔まで届き、ほうっと溜息がもれそうになる。お茶に香りがあることに、すっかり安心するようになってしまった。

「これ、新しいお茶? おいしいね」
「ああ、それ? お父様が珍しいものを見つけたから――って、ほら。やっぱり興味ないじゃない」
「え、あっ。違うんだってば」
「どうかしらね~」

 敢えて意地悪そうに口端を上げる芙蓉姫に、わざとらしく頬を膨らませてみせた。

「ほんとだよ……! ただ、何ていうか――」

 〝お洒落〟といってもピンとこないのだ。宴の時は慣れない服で精一杯。かといって制服にアクセサリーをつける習慣もないものだから、つけてみようなんて思いもしなかった。

「まあ、耳飾りとかならいけるのかなあ」
「あら、試してみる?」
「え」
「そうね、それがいいわ。今日は休みだし――!」

 ぱちりと手を合わせた芙蓉姫が、目を輝かせながら身を乗り出した。

「お洒落、興味あるんでしょ?」
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 
 ピンクに黄色、赤や青……。淡い色合いから鮮やかなものまで、芙蓉姫の寝台を彩り埋め尽くしているのは、全て彼女の衣だ。肝心の持ち主はというと、細工の綺麗な箪笥の中をごそごそと探り続けている。

「あ、あの、芙蓉姫……」
「何よ、今忙しいんだから――。って、あー! そういえば、あの帯譲ったんだったわ。あなたには絶対! あれの方が似合うのに」

 芙蓉姫が頭を抱える。うーんと呻いた後、くるりとこちらに振り返った。

「あれがないとなると……。着替えましょう。花」
「え、もう何着目……?」
「だって、手持ちの中ではこっちの帯の方がいいもの。やっぱり最初に着た物が似合うわ」
「別に、これでもだいじょ――」
「全然大丈夫じゃないわよ。もうっ、まだ一着も着れてないじゃないのよ!」

 それは、芙蓉姫があーでもない、こーでもないって着替えさせるから……。
 喉元まで出た言葉を飲み込んで、大人しくまだ羽織っただけだった衣を脱いでいく。短いような長いような付き合いの中で、こうした方がもっとも早く済むであろうことは学習済みだ。

「うん、これでいいわ。その後は髪を結ってお化粧をして」

 最初に着た淡い色の衣に先ほどの帯を当てながら、芙蓉姫が満足そうに頷き私を見上げる。

「城下に行って、一緒にお買い物をしましょうっ」
「……うん」

 彼女の満面の笑みに、じわりと胸が暖かくなる。私を着飾って、そして一緒に出かけることを楽しいと思ってくれる友達がいることに。口元が自然と緩んでしまうほど嬉しい。
 髪型はそうねえ、と真剣な顔で悩み出す彼女の横顔を眺めながら、何かお揃いのものを探そうとこっそり心に決める。
 きっと喜んでくれるであろう顔を想像して、一人笑いをこぼした。

三国恋戦記 編集

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