猫の額
『罪』
#仲穎
#三国恋戦記・今日は何の日
『お正月』
ルート途中での、仲巴のお正月(らしさはあまり)。
****************
吐く息が白いのは、肺から凍っているからなのかもしれない。
そんなくだらないことを考えていないと、肌に刺さるような重苦しい沈黙に押しつぶされそうだった。
仲穎様の後ろに控えるこの瞬間は、針のむしろという言葉がぴったりだと思う。目線をあげることもできないまま、固く唇を引きむすび、震えそうになる手に力を入れることで何とかやり過ごす。
身じろいだ際にちらりと見えた、知っている赤い髪につられて焦点を合わせ――そして後悔した。彼の顔は以前見かけた時とは全然違う、苦々しいものだったから。
でも。
この中にいる誰よりも、私の気持ちに近いような気もして、ほんの少しだけ呼吸がましになる。
「すべては、帝のために」
けれども、低く、低く底を震わすような声に、あっという間に喉が狭まった。この世界で誰よりも近しいはずの人の声なのに、この壇上で発するものはまだ恐怖に似たものを伴う。
仲穎様の声を合図に、広間中に衣ずれの音が響き渡る。それぐらいしか音の出るものがないのだ。誰も彼も、息を潜めてこの瞬間を堪えている。震えそうになる手をしっかと握りしめ、恐る恐る目線をあげる。赤い盃を皆が頭上に掲げたその光景は、ある意味圧巻だった。
今日は新年。新しい年を祝う日。
広間に集った人々の装いも、目の前に立つ仲穎様の衣も、晴れ着であることが知識のない私にもすぐわかる。
ただ、『ハレの日』とはとても言い難い雰囲気が重く重くのしかかり、目線をあげることもままならない。
本来ならば宴会が開かれるらしいのだが、「祝盃のみで終わらせる」とどこか満足そうにこぼした仲穎様の顔を思い出す。敢えて何もしないことが、彼にとっては大事なのだろう。
唐突に、仲穎様の手がすっと下がり、お酒が注がれた盃が卓の上に戻された。
一瞬の、声のないどよめき。
掲げた手とは違い、まばらに下がる手。ことことりと、卓の上に戻される盃。帝のために、と掲げたものをそのまま下ろす意味は、私にはわからない。それでも、いつもと同じように壇上の隅に立ちこの一連の行為に参加しなくてもよい立場を、心の底から良かったと思ってしまった。――きっと、これはとても酷いことだ。
「戻るぞ」
「……」
立ち上がり踵を返すなり、私だけにかけられた声。え、と思わずもれそうになった声をこらえて、道を開けるために更に後へ下がる。仲穎様が通り抜け、その後についていくために皆に背を向けた瞬間、やっと満足に息をつけた。
「貂蝉。茶を」
自室に戻るなり、〝いつも〟の柔らかな声音に戻った彼に、緊張が解けた反動で目尻に涙が滲みそうになる。
けれども、「はい」と応えた私の声が思った以上に弾んでいて、涙が緊張のせいだけではないことを悟ってしまった。
私は、嬉しいのだ。今しがたの行為が何を意味するのかわからないと目を逸らしながら、仲穎様のそばでこうして過ごせることを、何よりも愛しく思っている。仲穎様が、他の人にとってどんな存在であろうとも。皆の無言の圧力と、腹の底から冷え切るような悪意を感じても。あの冷たく暗い声が怖くても。
「――どうかしたか」
湯を沸かす手が止まった私を訝しんだ仲穎様が、わずかな心配を滲ませて声をかける。
「いえ」
彼の罪を知りながら、それでも胸が弾むほどの喜びを覚える私の浅ましさにがっかりする。
「寒さで手がかじかんでいるみたいで」
それでも、嘘を織り交ぜたとしても、あなたのそばで笑う私を選んでしまう。
2022.01.01 16:55:05
三国恋戦記 魁
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ルート途中での、仲巴のお正月(らしさはあまり)。
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吐く息が白いのは、肺から凍っているからなのかもしれない。
そんなくだらないことを考えていないと、肌に刺さるような重苦しい沈黙に押しつぶされそうだった。
仲穎様の後ろに控えるこの瞬間は、針のむしろという言葉がぴったりだと思う。目線をあげることもできないまま、固く唇を引きむすび、震えそうになる手に力を入れることで何とかやり過ごす。
身じろいだ際にちらりと見えた、知っている赤い髪につられて焦点を合わせ――そして後悔した。彼の顔は以前見かけた時とは全然違う、苦々しいものだったから。
でも。
この中にいる誰よりも、私の気持ちに近いような気もして、ほんの少しだけ呼吸がましになる。
「すべては、帝のために」
けれども、低く、低く底を震わすような声に、あっという間に喉が狭まった。この世界で誰よりも近しいはずの人の声なのに、この壇上で発するものはまだ恐怖に似たものを伴う。
仲穎様の声を合図に、広間中に衣ずれの音が響き渡る。それぐらいしか音の出るものがないのだ。誰も彼も、息を潜めてこの瞬間を堪えている。震えそうになる手をしっかと握りしめ、恐る恐る目線をあげる。赤い盃を皆が頭上に掲げたその光景は、ある意味圧巻だった。
今日は新年。新しい年を祝う日。
広間に集った人々の装いも、目の前に立つ仲穎様の衣も、晴れ着であることが知識のない私にもすぐわかる。
ただ、『ハレの日』とはとても言い難い雰囲気が重く重くのしかかり、目線をあげることもままならない。
本来ならば宴会が開かれるらしいのだが、「祝盃のみで終わらせる」とどこか満足そうにこぼした仲穎様の顔を思い出す。敢えて何もしないことが、彼にとっては大事なのだろう。
唐突に、仲穎様の手がすっと下がり、お酒が注がれた盃が卓の上に戻された。
一瞬の、声のないどよめき。
掲げた手とは違い、まばらに下がる手。ことことりと、卓の上に戻される盃。帝のために、と掲げたものをそのまま下ろす意味は、私にはわからない。それでも、いつもと同じように壇上の隅に立ちこの一連の行為に参加しなくてもよい立場を、心の底から良かったと思ってしまった。――きっと、これはとても酷いことだ。
「戻るぞ」
「……」
立ち上がり踵を返すなり、私だけにかけられた声。え、と思わずもれそうになった声をこらえて、道を開けるために更に後へ下がる。仲穎様が通り抜け、その後についていくために皆に背を向けた瞬間、やっと満足に息をつけた。
「貂蝉。茶を」
自室に戻るなり、〝いつも〟の柔らかな声音に戻った彼に、緊張が解けた反動で目尻に涙が滲みそうになる。
けれども、「はい」と応えた私の声が思った以上に弾んでいて、涙が緊張のせいだけではないことを悟ってしまった。
私は、嬉しいのだ。今しがたの行為が何を意味するのかわからないと目を逸らしながら、仲穎様のそばでこうして過ごせることを、何よりも愛しく思っている。仲穎様が、他の人にとってどんな存在であろうとも。皆の無言の圧力と、腹の底から冷え切るような悪意を感じても。あの冷たく暗い声が怖くても。
「――どうかしたか」
湯を沸かす手が止まった私を訝しんだ仲穎様が、わずかな心配を滲ませて声をかける。
「いえ」
彼の罪を知りながら、それでも胸が弾むほどの喜びを覚える私の浅ましさにがっかりする。
「寒さで手がかじかんでいるみたいで」
それでも、嘘を織り交ぜたとしても、あなたのそばで笑う私を選んでしまう。