猫の額








『それは酩酊にも似た』 #仲花
エンド後で婚儀前のお話。




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「今から?」
「ああ、さっき決まった」
 慌ただしそうに部屋に入ってきたかと思ったら、たった今から一週間留守にすると言われた。何でも地方の視察に行くらしい。婚儀まであと少し――。ただでさえ忙しそうにしているし、最近は会えない日も多くなっていた。
「……大丈夫なの? 体調とか」
「問題ない。というわけで、婚儀の準備の方はしばらく任せる」
「……それはいいけど」
「なんだよ?」
 辛気臭い顔してんな、と軽く頬を引っ張られた。
「いっひゃいんだけど」
「ははっ。もしかして寂しいんだろ、お前」
「…………」
 図星だ。というか、毎日顔を合わせられていない現状で、一週間も近くにいないというのに寂しくない方がおかしいのではないだろうか。
 しょうがないやつだな、と何だかご機嫌そうな仲謀の顔を見ながら、ああ本当に行ってしまうのか、と足元が覚束ない気分になってくる。
「……後ろ向いて」
「はあ?」
「いいから。後ろ向いてよ」
 なんだよ、と不審そうにしながらも、言う通り後ろを向いてくれる。そしてそのまま――、思いっきりぶつかるように抱き着いた。
「っ、のわ!」
 何とか踏ん張ったらしい仲謀の背中に顔を押し付け、身体の前に回した腕でぎゅっとしがみ付く。寂しくて当たり前だという抗議と、離れる前にせめて――。と思ったのに、逆に仲謀の体温で泣きそうになってしまう。
「……花?」
「気を付けて。行ってきてね……」
 今回は視察であっても、無事である保証はどこにもないのだ。身体の前に回した手に、仲謀の手が重ねられた。
「――何もないから心配すんな」
 優しい声音に余計に切なくなりながら、仲謀の肩に顔を押し付ける。本当に、無事に帰ってこれますように――。
「……で」
「うん」
「何で俺は後ろを向かせられたんだ?」
「……恥ずかしいから」
「いや、正面からでいいだろ、普通に!」
「嫌だよ、無理」
「無理じゃないだろ、これじゃ何にもできないだろうが」
「……何もって、……何する気なの」
「おっ、前なあっ」
 一旦離れろ、と重ねられていた手に力が込められた。
「やだよ、恥ずかしいじゃん!」
「今更なんだよ、馬鹿か」
 引き剥がされないように必死にしがみついていると、バランスを崩して二人してその場に倒れこんだ。
「いっ、たぁ……」
 思いっきり床に腰を打ち付けた。
「もう、仲謀のば――」
 文句を言おうと前を見ると、思ったよりも近くに仲謀がいた。驚いて反射で逃げようとするも、腕を掴まれて逃げられない。
「え、ちょ」
「俺様から逃げられると思うなよ」
 首の後ろに仲謀の手が滑り込んだ。首筋に触れた手の熱さに驚く暇もなく、口付けられた。
「~~~っ」
「で、俺様が何だって?」
 してやったり、という顔で笑った仲謀の顔から目を逸らしながら、ばか、と呟いた。悔しい。打ち付けた腰の痛みも、床の冷たさも、全部忘れてしまうくらい仲謀のことでいっぱいにされるのだ。
「ちゃんと帰ってくるから、待っとけ」
「……うん」
 再び近づく顔に、ゆっくりと目を閉じた。

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