猫の額
『あたらしいもの』
#妟而
エアスケブでリクエスト頂いた『妟而』です。内容は好きに書かせて頂きました。いつか書いてみたい人だったので楽しかったです。
羽扇ルート後のお話です。
****************
父親のようだと言われて、気分が良いかと問われれば、否と答えるだろう。それがかつて、手の届かない人だったとしても、だ。
「妟而さんは変わらないですね」
久しぶりに会った彼女は、何がおかしいのか笑みを浮かべながらそんなことを言う。
長くなった髪を一つに結い上げ、帯を締めたその格好には、道士様の面影はない。いたって普通の娘。けれども、身形や馬を乗りこなすその仕草からは、ただびとではないことがわかる。出会ったあの頃は、そして十年後に会ったときだって、一人で馬には乗れなかったというのに。彼女は、変わってしまった。
何より一番驚いたのは、彼女が老けていたことだ。いや、『普通』に『それなり』に歳を取ったというべきだろうか。約十年、ずっと心の片隅に居続けた時には、ちっとも変わらなかった彼女を『人』にしたのは誰なのやら。彼女と噂のある人物の顔を思い浮かべ――途中で止めた。
「何だか安心します」
「……口説いてんのかい、それは」
馬の手綱を握り直しながら適当に返せば、「ほんとに変わらないですね」とまた笑う。
そんな笑い方も、俺は知らない。
「お子さんはお元気ですか?」
「ああ、元気すぎるぐらいだよ。顔を合わせりゃ『親父は家に帰ってこなくていい』だとよ」
「妟而さん忙しいから、寂しいんですかね」
「……俺の話聞いてたか?」
そんなものですよ、と彼女が言う。馬の蹄が地面を蹴る音と、遠くで鷹が鳴く声が平原にこだまする。大したことのない任務に、同じ方面に用事があるからとついてきた彼女は、馬上で小さなあくびをこぼした。長安と成都を行き来する身の上は、俺なんかよりよっぽど多忙だ。
「あんたこそ、あっちこっちに引っ張りだこだろ」
「ええ、お陰様で」
そんな返し方も年相応で、何とも不思議な気持ちになる。俺は誰と話しているのだろうか。ふとそんなことを思う。あの世間ずれした、俺の言葉を胡乱な目で受け流していた彼女は、もういないのだ。
「――それはそうと、身を固めるって話を聞いたが本当か?」
「……妟而さんもその話ですか」
けれど、半目でこちらを見た表情は、昔のままのそれで。ああ、道士様だ。自然と浮き立つ心を自覚し――同時に悟ってしまった。
「何だよ、色々あんのか? 相談ならいつでものってやるよ」
人生の先輩としてな。心の底から言えてしまった言葉に、自嘲する。変わったのは、俺もだ。
「結構です」
にべもない返事。これも、ずっと覚えていた彼女の表情だというのに。――ちっとも心が動きやしねえ。
別にずっと、未練があると思っていたわけではない。女房と一緒になって、子どもも生まれて、過去の人になっているつもりだった。それでも、どこかで彼女は誰よりも特別で、揺らがないものだと半ば諦めるように生きてきたというのに。
どうやら違ったらしい。今の俺の特別は、すっかり違うものに入れ替わっていた。
「――まあ、泣かされるようなことがあれば、俺が殴りに行ってやる。いつでも言えよ」
その言葉に、彼女はきょとんと目を瞬かせた。
「……妟而さんってやっぱり」
「あ?」
「お父さんみたいですね」
今まで見たことのないほど、晴れやかに笑った彼女に。もう何でもいい、と肩をすくめて笑い返した。
俺の知らない顔をする彼女と、こうして近くにいるのも悪くない。
2022.04.22 16:52:28
三国恋戦記
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エアスケブでリクエスト頂いた『妟而』です。内容は好きに書かせて頂きました。いつか書いてみたい人だったので楽しかったです。
羽扇ルート後のお話です。
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父親のようだと言われて、気分が良いかと問われれば、否と答えるだろう。それがかつて、手の届かない人だったとしても、だ。
「妟而さんは変わらないですね」
久しぶりに会った彼女は、何がおかしいのか笑みを浮かべながらそんなことを言う。
長くなった髪を一つに結い上げ、帯を締めたその格好には、道士様の面影はない。いたって普通の娘。けれども、身形や馬を乗りこなすその仕草からは、ただびとではないことがわかる。出会ったあの頃は、そして十年後に会ったときだって、一人で馬には乗れなかったというのに。彼女は、変わってしまった。
何より一番驚いたのは、彼女が老けていたことだ。いや、『普通』に『それなり』に歳を取ったというべきだろうか。約十年、ずっと心の片隅に居続けた時には、ちっとも変わらなかった彼女を『人』にしたのは誰なのやら。彼女と噂のある人物の顔を思い浮かべ――途中で止めた。
「何だか安心します」
「……口説いてんのかい、それは」
馬の手綱を握り直しながら適当に返せば、「ほんとに変わらないですね」とまた笑う。
そんな笑い方も、俺は知らない。
「お子さんはお元気ですか?」
「ああ、元気すぎるぐらいだよ。顔を合わせりゃ『親父は家に帰ってこなくていい』だとよ」
「妟而さん忙しいから、寂しいんですかね」
「……俺の話聞いてたか?」
そんなものですよ、と彼女が言う。馬の蹄が地面を蹴る音と、遠くで鷹が鳴く声が平原にこだまする。大したことのない任務に、同じ方面に用事があるからとついてきた彼女は、馬上で小さなあくびをこぼした。長安と成都を行き来する身の上は、俺なんかよりよっぽど多忙だ。
「あんたこそ、あっちこっちに引っ張りだこだろ」
「ええ、お陰様で」
そんな返し方も年相応で、何とも不思議な気持ちになる。俺は誰と話しているのだろうか。ふとそんなことを思う。あの世間ずれした、俺の言葉を胡乱な目で受け流していた彼女は、もういないのだ。
「――それはそうと、身を固めるって話を聞いたが本当か?」
「……妟而さんもその話ですか」
けれど、半目でこちらを見た表情は、昔のままのそれで。ああ、道士様だ。自然と浮き立つ心を自覚し――同時に悟ってしまった。
「何だよ、色々あんのか? 相談ならいつでものってやるよ」
人生の先輩としてな。心の底から言えてしまった言葉に、自嘲する。変わったのは、俺もだ。
「結構です」
にべもない返事。これも、ずっと覚えていた彼女の表情だというのに。――ちっとも心が動きやしねえ。
別にずっと、未練があると思っていたわけではない。女房と一緒になって、子どもも生まれて、過去の人になっているつもりだった。それでも、どこかで彼女は誰よりも特別で、揺らがないものだと半ば諦めるように生きてきたというのに。
どうやら違ったらしい。今の俺の特別は、すっかり違うものに入れ替わっていた。
「――まあ、泣かされるようなことがあれば、俺が殴りに行ってやる。いつでも言えよ」
その言葉に、彼女はきょとんと目を瞬かせた。
「……妟而さんってやっぱり」
「あ?」
「お父さんみたいですね」
今まで見たことのないほど、晴れやかに笑った彼女に。もう何でもいい、と肩をすくめて笑い返した。
俺の知らない顔をする彼女と、こうして近くにいるのも悪くない。