猫の額








『紅』 #孔明
同じテーマで全員分書いた掌編です。一人一ページという縛り付きでした。
一部は友人に書いてもらったため、ここにはありません。pixivに掲載しています。

2020/08/07 修正2022/03/19




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「で、この書簡だけど――」
「あ、それはこっちね」
「そうそう。今日はここの整理をお願いするんだった。それは運動がてら僕が持っていくから」
 今日も慌ただしい執務室。朝、少しドキドキしながらつけた口紅のことを忘れるほど。
 いや、やっぱり薄すぎたかな。全然気づいてもらえていない。
「はい、ここ間違ってるよ。やり直し」
「は、はい」
 しかも今日はいつにもまして忙しい。次から次へとやることが降ってきて、気づいてもらえないことに気落ちする暇もない。
「――さて、もうそろそろ遅いし。帰ろうか」
「え、師匠もですか?」
「ちょっとこの書簡を届けにね。ついでに部屋まで送るよ」
「そんな、悪いで――」
「ほら行くよ」
 珍しいこともあるものだなと、部屋の前でお礼を言って別れる。そういえば、結局何も言われなかった。
 もう少し、目立つ色にすれば良かったのだろうか。
 いやそれで気づいてもらえなかったら⋯⋯。嫌な想像に頭を振りつつ、ため息をついた。


◇   ◇    ◇

 一人執務室へと戻る帰り道。
 静かに弟子を見送り、ひとりごちる。
「――まったく。誰に見せたかったんだろうね」
 子どもっぽい己の狭量さに辞易しつつ、明日もつけ
てこられたときの誤魔化し方を考えてしまった自分に、
そっとため息をついた。

三国恋戦記 編集

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