猫の額








『紅』 #文若
同じテーマで全員分書いた掌編です。一人一ページという縛り付きでした。
一部は友人に書いてもらったため、ここにはありません。pixivに掲載しています。
2020/08/08 修正:2022/03/19




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「⋯⋯落としてこい」
 朝から休む間もなく働き続け、そろそろ昼餉の時間になるかという頃。文若さんの処理を机越しに待っていると、急に強い口調で言い渡された。
「聞こえなかったのか。落としてこい」
「え⋯⋯と、書簡を?」
 返ってたのは大きなため息。
 ⋯⋯どうやら違うらしい。
「その紅だ」
「紅⋯⋯。あ」
 女中さんに「たまにはどうですか」と今朝渡されたそれ。
 「よくお似合いですよ」と言われていたのだけれど、仕事中につけていいものではなかったらしい。
「す、すみません。つけてはいけないものだと知らず
「⋯⋯そうではない」
「え?」
 また、ため息。額を抑えて目を伏せるその仕草は、見慣れたもの。だけどこうも要領を得ない言い方をする文若さんは珍しい。
「似合っているから問題なのだ」
「――す、すみません」
 思わず声音に合わせて、再度反射で謝ってしまった。
 けれど、これは⋯⋯褒められている、のだろうか。いやでも、そういう顔じゃないし――?
 それでも、「似合っている」という言葉に、ふわりと気持ちが上向く。似合っている。そっか、似合ってるんだ。
 緩み掛けた頬を引き締め直し、軽く会釈をして紅を落とすために退室しようと、踵を返したときだった。
「くれぐれも丞相の前には出ないように!」
「は、はい!」
 背中に飛んできた声に押されるように、慌てて部屋を後にした。

三国恋戦記 編集

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