猫の額








『冬』 #伯巴

魁四周年で書いたものの一つです。エンド後のお話。




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「一晩で結構積もりましたね」

 ざくざくと足元の雪を踏みしめながら、巴が呟いた。
 冬は面倒だ。狩りにはどうしても不利だし、その年の収穫具合によっては我慢を強いられる。寒さも厳しく、色々と制限がかかる。
 空は鉛のように重い雲が陽の光を遮り、昼間だというのに暗い。そのせいで昨晩から振り続けた雪が溶けない。時折、どさりと雪の塊が屋根から落ちる以外は至って静かだ。

「転ぶなよ」

 こうして床から出られるようになったとはいえ、巴はまだ本調子ではない。弓の鍛錬の代わりの散歩も、今日は冷え込むから止めろというのに聞かず、こうして城内を二人歩いている。
 伯符さんって意外と心配性ですよね。そう言う彼女に誰のせいだと舌打ちを返せば、笑われた。以前と変わらぬ曇りのないその笑みに、俺がどれだけ安堵しているのか、彼女は知らない。知らなくて、良いと思う。

「そろそろ戻るか」
「まだ外に出たばかりですよ。雪だるま作りましょう」

 そう言うなり俺の手を掴んだ暖かなその手に、少しならばと許容する。

「で、ゆきだるまとは何だ?」
「雪で作る人形ですよ」

 俺の手を引く彼女はまるで子どものようだ。この冬の寒さも、彼女には大したことではないらしい。

「こうやって、こうして。段々大きくなりますよね」
「……ああ」

 誰もまだ踏み入れていない雪を掴み、巴が〝ゆきだるま〟の説明を始める。似たようなものなら、幼い頃に作ったことがある。彼女は俺にも同じ物を作るよう指示をした。
 雪に触れてみれば、意外と冷たさは感じない。ふと、遠くに暮らす弟や妹の所にも雪が降ったのだろうかと想いを馳せる。たとえ積もっていたとしても、もう雪遊びなどする年頃ではない。兄がこうして雪と戯れていることを知ったら何と言うだろうか。想像すると笑いを堪えきれなかった。

「……どうかしました?」
「いや、何でもない」

 目を瞬かせるが、気にしないことにしたのだろう。ギシギシと軋む音を立てながら、巴が雪玉を転がし始めた。器用なものでそこそこ整った玉をあっという間に作ってしまう。ああ、あいつらも手先が器用だったな――。
 弟妹が誇らしげに作った物を見せる様子を思い出し、懐かしさに目を細める。父も母も共に暮らしていたあの頃。まだ、冬が面倒だなどと思いもせず、こうして雪が積もれば、心躍らせていた幼き日。

「伯符さんの方は――」

 物思いにふけっていると、あっという間に膝下ほどの大きさの雪玉を作った巴がこちらを振り返り、目を丸くした。

「何だ」
「あ、いえ……」

 目を逸らし、口元を歪める。

「はっきり言っていいぞ」
「……意外と、その。――不器用なんです、ね」

 手元にあるのは歪な雪の〝塊〟。巴と同じものを作ったようには見えないだろう。

「まあな」

 堪えきれなくなった巴は、盛大に噴き出した。

「何だ、人の欠点がそんなに面白いか」
「だ、だって、そんな堂々と――」

 巴は肩を震わせ、しゃがみこむ。不器用云々はどうでもいいが、涙まで滲ませられては、さすがに面白くない。だから目の前にある巴の頬を摘んだ。

「そこまで笑うか」
「い、いひゃいですって――。……あ」

 伸ばされた頬を抑えた巴が、空を見上げた。その視線を追えば、風に流された雲が割れ、筋状になった白い光が降り注いでいた。周囲の雪も、届いた光によってきらきらと輝き始める。
 思わず漏れた感嘆の吐息は白く、鼻の頭は痛いほど。先ほどまで平気だった手は、いつの間にかかじかんでいた。
 けれど、その厳しさと共にある冬の美しさが、幼い頃は好きだったことを思い出した。いつの間にか、どこかに置いてきてしまったもの。
「――お前のお陰だな」
「……何の話ですか?」
 彼女がいなければ見えなかった世界。それをそのまま伝えるのは難しく、何でもないと耳元で囁いた。

三国恋戦記 魁 編集

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