猫の額
『恋は盲目』
#伯巴
伯符×巴
エンド後のお話。大分いちゃいちゃさせました。
****************
「……いつまで笑ってるんですか」
不機嫌さを隠しもせず声音に乗せると、彼はそれすらもツボにはまったらしい。一際大きく肩を震わせた。
「あいつが言い負かされるところを初めて見たんだぞ」
これが笑わずにいられるか、と震える声を出す彼に、肩を怒らせて抗議する。
「言いまかしてなんかいません!」
悪夢を見なくなり、日常生活を以前と同じくらいに送れるようになっている。鈍っていた身体も、弓の鍛錬を再開することで少しずつましになってきているし、以前と遜色ないといえるほどの生活を送れるようになってきた。
婚儀の話も進み城中の誰からも祝福される中、義母、義弟や義妹となる人にも会った。何もなかったとはいわないが、最終的には伯符と連れ添うことを認めてくれ、何もかもうまくいくだろう――。というわけにはいかなかった。
伯符さんの親友である公瑾さんだけは、未だ婚儀をあげることに反対しているのだ。
顔を合わせれば必ず新たな問題点を突きつけられ、できるだけ改善しようと努力をしている。けれど、ついさっき〝あまりにも〟なことを言われ、思わずカッとなって言い返してしまった……。
あの時の公瑾さんの驚き丸くなった目を思い出しては、猛烈に反省しているというのに。二人の自室に帰っても、伯符さんに度々思いだし笑いをされては、後悔も倍に膨らんでいく。
「で、何を話していたんだ、あの時」
目尻に涙を浮かべるほど笑っている彼だが、目撃したのは公瑾さんが目を見開き唖然としている姿のみだったらしい。
ごく自然な動作で私の肩を抱き寄せながら問われ、思わず身体に力が入ってしまう。こうした接触は日常茶飯事なのだけれど、ちっとも慣れないし、それを面白がっている節が伯符さんにはある。それが不服で、顔を背けて答えた。
「……特にこれといっては」
「……」
「なんですか?」
いつもなら揶揄ってくるところなのにと見上げれば、彼は奇妙な顔をしていた。眉根を寄せ、けれど怒っているとも違う。――見たことのない表情だ。
「……伯符さん?」
「……ふむ」
何か一人納得したらしい彼が、おもむろに大きな手を私の頬に伸ばした。思わずぴくりと身体が揺れる。
じわりと伝わる伯符さんの体温よりも、自分の方が熱くなっていくのがわかる。それを知られたくなくて身を引こうとするけれど、肩に回されたままの手のせいで叶わない。
「あ、の」
「……存外」
低い、不満そうな声が落ちる。
「面白くないものだな」
「……?」
頬に触れられているせいで、首を傾げることもできない。何のことかと聞こうとした時、伯符さんの顔が近づき、唇を軽く合わせられた。
まさかそうくるとは思わず、一瞬呆けてしまった。ゆっくりと離れていく所で何が起きたのかを理解し距離を空けようとしたところで、再度力強く引き寄せられた。
今度は、先ほどよりも深く口付けられる。そして、下唇を軽く食まれた。
「っ!」
条件反射で強張った身体が気に食わないとでも言うように、伯符さんの舌が口内に侵入してくる。あっという間に舌を絡め取られて、背筋にぞくりと震えが走る。思わずきつく目を閉じると同時に声が漏れた。
「っ、ふっ」
頬に触れていた彼の手がいつの間にか後頭部に回っていて逃げられない。顔の向きすら彼の好きなようにされて、息をするのも忘れてしまう。
けれど、合わさった場所から鳴った水音に、思わず渾身の力で彼の胸を押した。そこでやっと解放する気になったらしい。反射的に大きく息を吸うと、後頭部を抑えていた手が離れ、代わりに私の髪をかき上げた。
「本当に慣れないな、お前は」
「っ、……急にするからですよ」
笑いを含んだ声音に、恥ずかしさのあまり俯いた。
未だ背に回された手からは、こちらを離す気がないのが伝わってくる。
この早鐘のように打つ心臓の音も聞かれているかもしれないと思うと、一刻も早く離れたい。――はずなのだけれど。彼の胸に抱え込まれているのは、何とも心地が良い。
相反する気持ちをどう処理したらいいのか迷っていると、今度は顎を捉えられる。強制的に目が合う形になり、思わず唇を引き結ぶ。
伯符さんが小さく笑いをこぼした。
「お前は本当にすごいな」
「……何の話ですか?」
「たったあれだけで妬かせるとは」
……妬かせる?
自身の顔の火照りが気になって、頭が回らない。理解していない様子の私を再度笑って、顎を捉えていた手を離して抱き寄せられた。彼の胸板に頬を預ける形になり、ようやく一心地つく。こうして抱きしめられるのは安心の方が勝るようになってきた。そしてそれは、伯符さんにもバレているのだろうと思う。
「あまりあいつと仲良くするな」
「……どこをどう見たらそうなるんですか」
心底嫌そうな声が出てしまう。
「まあ、いい」
優しく、甘さを含んだ声。次いで額に口付けを落とされた。
仲がどうとかいう件について答える気はないらしい。甘やかすことで誤魔化されているような気がして、思わず唇を尖らせてしまう。
「なんだ、不満そうだな?」
「……そういうわけでは」
「俺のことも言い負かしたっていいんだぞ」
「だから違うんですってば!」
声を荒げるが、彼はくつくつと笑うだけで聞き入れる気はないらしい。
悔しくて、彼の襟を掴む。
そう、悔しいのだ。ここまで彼を楽しそうにしてしまう、あの人の存在が。
伯符さんをこれからも死なせないために、私が出来ることは少ない。けれど、右腕である公瑾さんには力も知識もたくさんある。何より伯符さんが全幅の信頼を寄せる公瑾さんのことが、私は羨ましい――。
『あなたがいかに伯符に相応しくないか。わかっていても身を引かないのですか』
先ほど公瑾さんに言われた言葉がふわりと浮上する。
そんなの、自分が一番わかっている。けれど、こんなにも自分には足りないものばかりのくせに、私は〝その一点〟だけは揺るぎない自信を持っているのだ。
『それでもいいと、私を選んだのは伯符さんです。だから身を引く必要もありませんし、私にもその気はありません』
自分の言葉を思い出し、こっそりため息をつく。
彼が私を求めていること。それだけは揺るぎなく信じられるということが今更恥ずかしくて、伯符さんの胸元に縋り付くように頬を寄せた。
2021.08.10 16:30:27
三国恋戦記 魁
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「……いつまで笑ってるんですか」
不機嫌さを隠しもせず声音に乗せると、彼はそれすらもツボにはまったらしい。一際大きく肩を震わせた。
「あいつが言い負かされるところを初めて見たんだぞ」
これが笑わずにいられるか、と震える声を出す彼に、肩を怒らせて抗議する。
「言いまかしてなんかいません!」
悪夢を見なくなり、日常生活を以前と同じくらいに送れるようになっている。鈍っていた身体も、弓の鍛錬を再開することで少しずつましになってきているし、以前と遜色ないといえるほどの生活を送れるようになってきた。
婚儀の話も進み城中の誰からも祝福される中、義母、義弟や義妹となる人にも会った。何もなかったとはいわないが、最終的には伯符と連れ添うことを認めてくれ、何もかもうまくいくだろう――。というわけにはいかなかった。
伯符さんの親友である公瑾さんだけは、未だ婚儀をあげることに反対しているのだ。
顔を合わせれば必ず新たな問題点を突きつけられ、できるだけ改善しようと努力をしている。けれど、ついさっき〝あまりにも〟なことを言われ、思わずカッとなって言い返してしまった……。
あの時の公瑾さんの驚き丸くなった目を思い出しては、猛烈に反省しているというのに。二人の自室に帰っても、伯符さんに度々思いだし笑いをされては、後悔も倍に膨らんでいく。
「で、何を話していたんだ、あの時」
目尻に涙を浮かべるほど笑っている彼だが、目撃したのは公瑾さんが目を見開き唖然としている姿のみだったらしい。
ごく自然な動作で私の肩を抱き寄せながら問われ、思わず身体に力が入ってしまう。こうした接触は日常茶飯事なのだけれど、ちっとも慣れないし、それを面白がっている節が伯符さんにはある。それが不服で、顔を背けて答えた。
「……特にこれといっては」
「……」
「なんですか?」
いつもなら揶揄ってくるところなのにと見上げれば、彼は奇妙な顔をしていた。眉根を寄せ、けれど怒っているとも違う。――見たことのない表情だ。
「……伯符さん?」
「……ふむ」
何か一人納得したらしい彼が、おもむろに大きな手を私の頬に伸ばした。思わずぴくりと身体が揺れる。
じわりと伝わる伯符さんの体温よりも、自分の方が熱くなっていくのがわかる。それを知られたくなくて身を引こうとするけれど、肩に回されたままの手のせいで叶わない。
「あ、の」
「……存外」
低い、不満そうな声が落ちる。
「面白くないものだな」
「……?」
頬に触れられているせいで、首を傾げることもできない。何のことかと聞こうとした時、伯符さんの顔が近づき、唇を軽く合わせられた。
まさかそうくるとは思わず、一瞬呆けてしまった。ゆっくりと離れていく所で何が起きたのかを理解し距離を空けようとしたところで、再度力強く引き寄せられた。
今度は、先ほどよりも深く口付けられる。そして、下唇を軽く食まれた。
「っ!」
条件反射で強張った身体が気に食わないとでも言うように、伯符さんの舌が口内に侵入してくる。あっという間に舌を絡め取られて、背筋にぞくりと震えが走る。思わずきつく目を閉じると同時に声が漏れた。
「っ、ふっ」
頬に触れていた彼の手がいつの間にか後頭部に回っていて逃げられない。顔の向きすら彼の好きなようにされて、息をするのも忘れてしまう。
けれど、合わさった場所から鳴った水音に、思わず渾身の力で彼の胸を押した。そこでやっと解放する気になったらしい。反射的に大きく息を吸うと、後頭部を抑えていた手が離れ、代わりに私の髪をかき上げた。
「本当に慣れないな、お前は」
「っ、……急にするからですよ」
笑いを含んだ声音に、恥ずかしさのあまり俯いた。
未だ背に回された手からは、こちらを離す気がないのが伝わってくる。
この早鐘のように打つ心臓の音も聞かれているかもしれないと思うと、一刻も早く離れたい。――はずなのだけれど。彼の胸に抱え込まれているのは、何とも心地が良い。
相反する気持ちをどう処理したらいいのか迷っていると、今度は顎を捉えられる。強制的に目が合う形になり、思わず唇を引き結ぶ。
伯符さんが小さく笑いをこぼした。
「お前は本当にすごいな」
「……何の話ですか?」
「たったあれだけで妬かせるとは」
……妬かせる?
自身の顔の火照りが気になって、頭が回らない。理解していない様子の私を再度笑って、顎を捉えていた手を離して抱き寄せられた。彼の胸板に頬を預ける形になり、ようやく一心地つく。こうして抱きしめられるのは安心の方が勝るようになってきた。そしてそれは、伯符さんにもバレているのだろうと思う。
「あまりあいつと仲良くするな」
「……どこをどう見たらそうなるんですか」
心底嫌そうな声が出てしまう。
「まあ、いい」
優しく、甘さを含んだ声。次いで額に口付けを落とされた。
仲がどうとかいう件について答える気はないらしい。甘やかすことで誤魔化されているような気がして、思わず唇を尖らせてしまう。
「なんだ、不満そうだな?」
「……そういうわけでは」
「俺のことも言い負かしたっていいんだぞ」
「だから違うんですってば!」
声を荒げるが、彼はくつくつと笑うだけで聞き入れる気はないらしい。
悔しくて、彼の襟を掴む。
そう、悔しいのだ。ここまで彼を楽しそうにしてしまう、あの人の存在が。
伯符さんをこれからも死なせないために、私が出来ることは少ない。けれど、右腕である公瑾さんには力も知識もたくさんある。何より伯符さんが全幅の信頼を寄せる公瑾さんのことが、私は羨ましい――。
『あなたがいかに伯符に相応しくないか。わかっていても身を引かないのですか』
先ほど公瑾さんに言われた言葉がふわりと浮上する。
そんなの、自分が一番わかっている。けれど、こんなにも自分には足りないものばかりのくせに、私は〝その一点〟だけは揺るぎない自信を持っているのだ。
『それでもいいと、私を選んだのは伯符さんです。だから身を引く必要もありませんし、私にもその気はありません』
自分の言葉を思い出し、こっそりため息をつく。
彼が私を求めていること。それだけは揺るぎなく信じられるということが今更恥ずかしくて、伯符さんの胸元に縋り付くように頬を寄せた。