猫の額








『うつくしいもの』#伯巴

伯符 伯符×巴(巴ちゃんは出ません)
狩りに行く前のお話




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 いつだったか。
 どちらかというと、可愛らしいと彼女を評したことがある。適齢期とはいえ、その表情はまだどこか幼さを残し、笑顔は無邪気さを含んでいたから。
 けれど。早朝の冷えた空気の中、的を前に弓を引く横顔は――。
 
 タンッ! と聞き慣れた音が建物に反響し、空へと吸い込まれていく。彼女から離れているから聞こえるはずもないのに、弦を弾く音が聞こえそうだ。それほど彼女が一定の間隔で、淀みなく弓を引くからだろう。
 最初こそ的まで当たらなかったが、少し構えを見ただけでわかる。一朝一夕にできる型ではない。何年も修練を積み重ねたものの、それだ。
 タンッ!
 先程と、寸分の狂いもなく同じ音が響き渡る。
 戦でその弓を使うわけでもないのに、彼女は毎日こうして鍛錬を欠かさない。
 生きる世界が違うのだ。
 そんな彼女と、理解し合えるわけがない。したいとも思わないのに――。
 あの顔が悲しそうに歪むと、酷く落ち着かない。
 こちらを見かけた時に、嬉しさを隠そうともしない巴の笑みを見られないのは、嫌だと思う。
「……はっ」
 らしくもなく強くため息を吐き出し、背中を壁に預けた。
 怒鳴るように突き放したときの彼女の顔が脳裏から離れず、度々思考の邪魔をする。鬱蒼とした気分のまま足の向くままに歩いていたら、いつの間にかここにきていた。そして近寄ることもせず、ただただこうして彼女を眺めている。
 ――らしくないにも程がある。
 
 また、巴が弓を一本手に取った。淀みないいつも通りの一連の構えには、何故か苛立ちさえ覚えるというのに、目が離せない。
 弓弦が、限界まで引き伸ばされた。
 彼女の息遣いも、弓を引く瞬間に少しだけ細まる瞳も。ここからは遠くて見えないはずなのに、手にとるようにわかってしまう。
 そして、的を見据え矢を放つ寸前の美しい横顔が――。
 頭に焼き付いて離れない。
 矢が、飛んだ。
 的に当たった音に目を閉じ、再度大きく嘆息した。
 ――いつの間に。
 こんなにも、手の届くところに置いておきたいと、思うようになってしまったのだろう。

三国恋戦記 魁 編集

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