猫の額
『雨と嘘』
#仲花
夫婦後のお話です。
****************
ざあっと一際大きな音がして、思わず窓を開けて確認する。
「うわあ、すごい雨…」
長雨でしとしとと降る時もあれば、凄い勢いで雨が降り出すことがある。ふと、ぱしゃぱしゃと雨の中を走る影に気が付いた。
「――仲謀?」
慌てて布を手に取り外に出る。恐らく下にいるだろう、と慌てて階段を降りていくと、悪態をつきながら屋根の下に入ったばかりの仲謀がいた。
「仲謀、大丈夫?」
「…花」
驚いた様子の仲謀に駆け寄り、布を渡す。
「窓から見えたから。すごい雨だね」
「ああ。移動してたら降ってきやがった。この後も予定詰まってるのに…」
「早く着替えよう。風邪引いちゃうよ」
手を取ると思いのほか熱くて、まだ身体は冷えていないようだと安心する。仲謀はがしがしと頭を拭きながら回廊を通り階段を上った。
「着替え出すね」
「わりぃ。上だけでいい」
部屋に入ってすぐ替えを用意する。濡れた衣服を受け取りながら、まだ濡れている髪をじっと見つめた。
「ありがとな…ってなんだよ」
「…ううん」
「言えよ」
といっても大したことではないのだけれど。
「昔のこと思い出してた」
「昔?」
「あの時の雨も凄かったな、って」
「ああ、あれな。よく風邪引かなかったぜ」
少ない説明ですぐに思い出してくれたことに頬が緩みそうになる。こういう、小さなことが嬉しい。
仲謀を座らせ、濡れた髪を布でそっと拭いていく。柔らかい髪。その感触に昔のことを思い出して、仲謀の首筋をついっと撫でた。
「~~おっ、前な!」
「えへへ、ごめん。首弱いもんね」
「…お前、人のこと言えんのか?」
振り返って首筋を抑えたまま向けられた視線に、どきりとする。
「……言えるもん」
「どうだかな」
ふっと笑って仲謀が前に向き直る。ああ、どうしよう。息が苦しい。
ざあざあと降りしきる雨の音がやけに大きく聞こえる。
最近、息が苦しくなると仲謀に触れたくなる。なのに、昔と違って気持ちもすごく近くにあるのに、意識して触れようとするのはとても勇気がいる。
「花?」
急に黙り込んだのを訝しんで声をかけられる。
「おい、は、な――」
拭いていた手を止めて、後ろから抱きつく。濡れた髪が頬にすれてくすぐったい。――雨の匂いがする。
「……寒いかなと思って」
嘘。前と違って身体が冷えてないことだって知ってる。
昔なら、嘘なんかつかなくたって、容易に触れられたのに。今はすごく遠回りしないといけない。
仲謀の首の前で組んだ腕を掴まれた。
「…お前の方が冷えてんだろ」
戸惑いを含んだ声音に、この人のことが好きだなという実感がじわじわと湧いてくる。どんどん息が苦しくなる。治らない。
「どうした」
本当にどうしちゃったんだろう。二人だけで、雨の音と貴方の吐息以外音がしない場所で、息が苦しくても、体温を感じるだけでこんなに幸せ。
「仲謀」
どうしようもなく愛しくてしょうがない。
「好きだよ」
2020.06.30 12:14:48
三国恋戦記
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「うわあ、すごい雨…」
長雨でしとしとと降る時もあれば、凄い勢いで雨が降り出すことがある。ふと、ぱしゃぱしゃと雨の中を走る影に気が付いた。
「――仲謀?」
慌てて布を手に取り外に出る。恐らく下にいるだろう、と慌てて階段を降りていくと、悪態をつきながら屋根の下に入ったばかりの仲謀がいた。
「仲謀、大丈夫?」
「…花」
驚いた様子の仲謀に駆け寄り、布を渡す。
「窓から見えたから。すごい雨だね」
「ああ。移動してたら降ってきやがった。この後も予定詰まってるのに…」
「早く着替えよう。風邪引いちゃうよ」
手を取ると思いのほか熱くて、まだ身体は冷えていないようだと安心する。仲謀はがしがしと頭を拭きながら回廊を通り階段を上った。
「着替え出すね」
「わりぃ。上だけでいい」
部屋に入ってすぐ替えを用意する。濡れた衣服を受け取りながら、まだ濡れている髪をじっと見つめた。
「ありがとな…ってなんだよ」
「…ううん」
「言えよ」
といっても大したことではないのだけれど。
「昔のこと思い出してた」
「昔?」
「あの時の雨も凄かったな、って」
「ああ、あれな。よく風邪引かなかったぜ」
少ない説明ですぐに思い出してくれたことに頬が緩みそうになる。こういう、小さなことが嬉しい。
仲謀を座らせ、濡れた髪を布でそっと拭いていく。柔らかい髪。その感触に昔のことを思い出して、仲謀の首筋をついっと撫でた。
「~~おっ、前な!」
「えへへ、ごめん。首弱いもんね」
「…お前、人のこと言えんのか?」
振り返って首筋を抑えたまま向けられた視線に、どきりとする。
「……言えるもん」
「どうだかな」
ふっと笑って仲謀が前に向き直る。ああ、どうしよう。息が苦しい。
ざあざあと降りしきる雨の音がやけに大きく聞こえる。
最近、息が苦しくなると仲謀に触れたくなる。なのに、昔と違って気持ちもすごく近くにあるのに、意識して触れようとするのはとても勇気がいる。
「花?」
急に黙り込んだのを訝しんで声をかけられる。
「おい、は、な――」
拭いていた手を止めて、後ろから抱きつく。濡れた髪が頬にすれてくすぐったい。――雨の匂いがする。
「……寒いかなと思って」
嘘。前と違って身体が冷えてないことだって知ってる。
昔なら、嘘なんかつかなくたって、容易に触れられたのに。今はすごく遠回りしないといけない。
仲謀の首の前で組んだ腕を掴まれた。
「…お前の方が冷えてんだろ」
戸惑いを含んだ声音に、この人のことが好きだなという実感がじわじわと湧いてくる。どんどん息が苦しくなる。治らない。
「どうした」
本当にどうしちゃったんだろう。二人だけで、雨の音と貴方の吐息以外音がしない場所で、息が苦しくても、体温を感じるだけでこんなに幸せ。
「仲謀」
どうしようもなく愛しくてしょうがない。
「好きだよ」