猫の額








『小さな一歩』 #仲花

#三国恋戦記・今日は何の日  
3/9「ありがとう」

雨宿りイベントの後のお話です。




****************



「あの、これ⋯⋯」
 雨が止んで、馬を繋いだ木まで後少しというところ。
 くじいた足はまだ痛むけれど、仲謀も心なしかゆっくり歩いてくれているようで、そんなに辛くはない。ふと、まだ上着を借りたままだったことに気がつき、脱いでから声を掛けた。
「あ? ああ……」
 仲謀の応える声は、今までよりも少しだけ柔らかくなった気がする。彼は立ち止まり、上着を受け取ろうとして──思いっきり顔を顰めた。
「……お前の上着は濡れてるんだよな」
「そうだね。ちょっとまだ着れないかも」
 水分をしっかりと含んだそれは、とても重たい。とりあえず軽く絞ってはいるけれど、今日中には乾くのは無理だろう。
「なら、まだ着てろ」
「え、でも」
「いいから着てろ」
「寒くない? 私カーディガンもあるし――」
「俺様がいいって言ったらいいんだよ!」
 声を荒げて突っ返され、困惑する。何で急に怒ったんだろう。
 やっぱり、何にも変わってないかも。
 けれど、そんな彼にも慣れてもきた自分もいる。
「少し早いが、次の街で宿を取る。それまで貸してやるから着ろ」
「でも」
「いいか? これは命令だからな」
 強い口調で捲し立てられれば、頷く他ない。それを確認した仲謀は踵を返し、馬の元へと足を速めてしまう。釈然としない気持ちでその後ろ姿を眺めていると、彼の耳が赤いことに気がついた。
 ──照れてるのかな。
 先程の雨の中のやりとりと、背中の熱がふと蘇った。
「……」
 すぐ怒るし、優しくないし。文句ばっかりだと思っていたけれど、彼の背中の温かさを思い出すと、それだけでもないことも浮かんでくる。野犬のときも、おぶってくれたことだって、行動だけ見れば助けてくれているわけで――。
「あの」
「まだ何かあるのかよ!」
「ありがとう」
 私の言葉に仲謀は足を止めて、少しだけ振り返る。その顔が、予想通りの渋面で思わず笑ってしまいそうになる。
「……別にいい」
 ふいっと前を向いた仲謀の耳が、さっきよりもはっきりと色づいたのが見えて、こっそり笑いをこぼした。
 目線を少し上げれば、雨が降っていたのなんて嘘のように空は晴れ上がっている。森を抜けて陽も当たれば、気温も上がるだろうか。
 仲謀が風邪を引きませんように、と心の中で祈った。

三国恋戦記 編集

Powered by てがろぐ Ver 4.1.0.