猫の額








『必ず幸せに』 #仲花
夫婦後の二人です。少し経ってから謝ると思う。




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「……何だよ。気持ち悪ぃな」
「えへへ」

 忙しい執務の合間、急に降ってわいた空き時間。東屋に花を呼び出せば、彼女はいたくご機嫌だった。
 聴き慣れた水音と、陶器が軽くぶつかる音の中、茶の香りがふわりと漂う。すっかり慣れた手つきで茶を淹れる花の手元を眺める。

「そんなにこの菓子が好きなのかよ、お前は」

 機嫌の良い花に呆れるような言葉をかけながらも、そんな姿を前に悪い気はしていない。
 桃色と黄色と乳白色の、石ころのような形をした焼き菓子。城下でも人気があるのだと、大喬や小喬とよく食べていると聞いた。よっぽど気に入っているのだろうと緩みそうな頬を引き締めているところに、茶器がそっと目の前に差し出される。
 花が着席したのを横目に、器を手に取り口付け、鼻を通り抜ける茶の香りに満足した瞬間だった。

「だってこれ、仲謀が買ってきてくれたんでしょ」
「っ、! げほっ、ごほっ」

 思いもよらぬ言葉に思いっきり咽せかえった。咳き込みながら呼吸を整える中、花は構わず「このお茶おいしいね」など感想をのたまわっている。

「おまえっ、何で――」
「私の情報網、甘く見ない方がいいよ」

 初めて見る悪戯っぽい表情。小首を傾げたその姿に、目を奪われた。

「ねえ、仲謀」
「――あ?」

 意図せず見惚れてしまっていたことに気がつき、バツの悪さに荒い声を返す。そしてやたらと嬉しそうだった原因が、単に好みの菓子を食べられるということではないことに思い至り、堪らず手で口元を覆った。
 ――それくらいは、自惚れてもいいだろう。

「ありがとね」
「……これくらい、いつだって買ってきてやるよ」

 そう、〝これくらい〟だ。たった、それだけ。そんなことで喜ぶ妻が愛しく、けれどそれだけ構ってやれていない事実の裏返しでもある。

「これ、仲謀と食べたかったんだ」

 幸せそうに笑う花に、ちくりと痛む胸から目をそらす。
 今だけ。今だけは彼女の幸せに、己も共に浸っていたくて。

三国恋戦記 編集

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