猫の額








『この熱をともに』 #仲花
若干背後注意な内容ですが、あくまでも全年齢です。
「揉むと大きくなる」を仲花で……というフォロワさんからのネタをお借りして書きました。




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 灯籠の油が焦げる匂い。芯が焼ける音すら聞こえそうな静寂だから、指先ひとつ動かすだけでも緊張してしまう。
 殊更、布の擦れる音はやけに耳に残る――。

「……っ」

 不意に漏れ聞こえた相手の吐息と、掌の中の違和感に、思わず身体が硬直する。続いてギッと寝台が立てた音に生唾を飲み込んだ。

「……仲謀?」

 動きを止めた俺を訝しんで、腕の中にいる花が囁くような声で俺の名前を呼ぶ。
 視界に入るのは花の後頭部だから、どんな顔をしているのかわからない。ただ、髪の隙間から見える耳の縁の赤さに気がついて、思わず目を逸らした。組み敷き見下ろしたときの、彼女の蒸気した頬と同じ色だから。

「……これ、本当に意味あんのか?」

 脳内の彼女の姿に煽られ、理性を引き戻そうと言葉を絞り出す。
 背中を俺に預けた花の体温と、柔らかな髪の香りだけでも限界だというのに。掌に沿って形を変える花の柔らかな胸の感触を、ただただ受け止めることしかできない。

 何の拷問だろうか、これは。

 飛びそうな思考を必死に留めるために、その原因をぼんやりと思い浮かべる。


 
『胸を大きくしたいから揉んでほしい』

 余りにも唐突な話に面食らったのは、ついさっきのこと。言い終えた途端、顔を赤らめる花に何と返したかは覚えていない。
 そんな話を聞いたことはなかったが、嫁にそんなことを頼まれて断る理由などない。花に触れるのだって初めてというわけでもないし、面と向かって言われたことが気恥ずかしいだけだ――。と、己が動揺していることも認められないまま手を伸ばそうとしたところで、極め付けの一言が放たれた。

『は、恥ずかしいから……。後ろからして』

 思わず声を荒げそうになりながらも、背を向けた花に従ったが――。本当は、そこで押し倒してしまえば良かったのだろう。しかし、膠着こうちゃく状態にはまりこんだ今、後悔しても後の祭りでしかない。


 
 お互いに呼吸すら憚はばかられるこの沈黙の中。じとりと伝わる熱は、もうどちらのものかもわからない。体勢を変えようと身じろぎしたところで、花が細く息を吐き、首をもたげた。
 さらりと流れる髪の隙間から、白い頸うなじがのぞく。思わず、吸い寄せられるように唇を重ねようとして――。ぎりぎりのところで、額を擦り寄せた。

「……なに?」

 骨身を伝わってきた花の振動する声に、大きく息を吐き切る。それくらいでは沸騰しそうな頭が静まるわけもなく、花の胸の膨らみから手を外し、後ろから拘束するように強く抱きしめた。

「……ねえ、まじめに」
「――してるっつの」

 何が真面目に、だ。
 どんな思いで触れているかも知らないで。お前だって乱れそうな呼吸を抑えているくせに。掌の中の柔らかな乳房は、布越しでもわかるほどにその形を変えようとしているというのに。
 そのくせ、一人平気そうに装おうと取り繕うとするその姿が、とにかく気に食わなかった。
 再び息を吐き、顔を上げる。自分だけこんなにも振り回されているのは不公平だろう――。
 今度は、眼前の花の白い頸筋に意図的に唇を這わせ、そして舐め上げた。

「っ、なにっ」

 花が身を硬くし、逃れようとその身を捩よじらせる。が、身体に回したままの腕を引き寄せてしまえば、何の意味もなさない。そのまま肌ごと吸い込むように強く強く口付けた。

「――っ」

 花が、くの字に身体を曲げる。離していた手を再び花の胸に沿わせ、先ほどよりも力を込めて、でも傷つけないように加減して揉みしだいた。

「ちょ、っと! ちゅうぼ――」

 相手の平静を突き崩せたことで、ほんの少し思考が晴れる。
 そもそも――だ。

「ていうか」

 細い花の肢体を横に寝台に向かって引き倒せば、いとも簡単に転がった。
 乱れた夜着からはだけた、艶かしい肩に思わず息を呑みつつ、ここでまた振り回されてはならぬと唇を引き結ぶ。そして、何が起きたのか理解していないらしい、呆けた花の顔の横に手をついた。

「どんな体勢でやろうが同じだろうが」

 やっと事態が飲み込めたらしい。さっと花の顔に走った朱に、溜飲が下がる。
 恥ずかしいだとか何だとか知るか、と先ほどの花の言葉に脳内で返事をする。

 一緒に乱れてもらわないと、話にならない。

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