猫の額
『夢のあと』
#エース
スペード黒 ベストED後
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幸せな夢を見ていた。
目を開けて、まずそう思うような夢だったのだろう。
でも、どんな内容だったのかは欠片も思い出せない。もどかしさと、わずかに残る幸福感で、とろりと再び落ちそうになる瞼を押し上げる。
視界いっぱいに広がるのは、白い雲が浮かぶ青空。ざわりと木々が揺れる音に続いて、風に流された髪が頬をくすぐった。
「あ、起こしちゃった?」
声のする方に目線を向ける。
「……エース」
「君の髪、柔らかくて気持ちいいからさ。引っ張っちゃったかな」
どうやら私の髪で遊んでいたらしい。ゆるゆると首を振れば、そっか、と穏やかな声が返ってきた。
「――寝ちゃってたのね、私」
「俺もだよ。君より少し前に起きた」
何かがあってもなくても、気が向いたら青い花畑に来るようになっていた。それこそ、彼が寂しくなくても、だ。
今日は、私はサンドイッチ、エースはいつものキャンプセットのコーヒーやカップを持って、ピクニックに来ていた。緩やかに流れた風が、畳まれたランチョンマットを揺らす。
「食べてすぐ寝ると、太るわよね……」
「あっはは。君はもう少し肉付きが良くなっても大丈夫じゃないか?」
「……あなた、デリカシーというものがないわけ?」
「え、何? 俺、別に胸の話はしてないけど」
「私だってしてないわよ!?」
身を起こしながら抗議するが、彼は朗らかに笑い続ける。
「いやだって、ちょうどいい大きさだと思うぜ。俺は好きだな」
「……ねえ、これ以上この話を続けるなら、私にも考えがあるけど」
「ごめんごめん」
ちっともそう思ってなさそうな顔で、声で、笑うエースの顔は。とても柔らかだ。
――怒る気も失せるじゃない。
立てた膝に頬をつくことで、緩みそうになる顔をごまかした。
「俺さ。夢を見てたんだ」
「へえ」
急に変わった話題に、自分も夢を見ていたことを思い出す。幸せだったということしか、思い出せないが。
そして前にもここで、二人して夢を見たのだ。あのときは、ペーターの贈り物。過去の焼き増しではない、私たちが願ってやまないもの。
満たされると同時に、胸の奥が痛くなる夢だ。だって、『いつか』『ずっと』を願ってしまうから。
「どんな夢?」
口角を上げ、できるだけ無邪気に見えるよう問いかけた。
「君がいたよ。君と、ピクニックしてた」
「あら、今と同じじゃない」
ユリウスの名前が出なかったことに、思わずほっとしながら笑う。けれど、エースは笑わなかった。ざあっと草が風でしなり鳴る。珍しく強い風。
「うん。……同じだな」
静かな、感情を抑えたような声に、首を傾げる。
「……楽しく、なかったの?」
「楽しかったよ。今日みたいにさ」
ごろりとエースが寝転がった。
「……楽しかったから、さ」
――怖くなった?
浮かんだ言葉を、静かに飲み込む。私だったら、そう思うから。いつまで幸せは続くのか。いつか、きっと――。先を思えば思うほど、不安からはどうしても逃れられない。
でも、二人して落ちることを、望んではいない。だから――。
寝転ぶエースの横に手を突き、身を傾けた。
「アリス?」
頭を垂れれば、髪がさらりと流れる。ためらったのは、一瞬。目を閉じながら、唇を落とした。
「…………」
「……え、っと」
頬が熱い。する前よりも、後の方が恥ずかしい。驚いたように見開いたエースの目を見ていられなくて、咳払いをしながら逸らす。
「その……、」
「近くにいる」
「え」
突き立てままの腕に、エースの手が優しく添えられた。
「だよな」
「……ええ」
どうやら伝わったらしい。
そのくすぐったさに、今度は隠さず頬を緩める。ゆっくり腕の力を抜いて、彼に身を寄せ体重を預けた。
約束はできない、私達だから。
「好きよ、エース」
今、ここだけに目を向けて。
そこには欠片も、本当の願いを込めてはいけない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
スペード黒のベストエンド、ユリウスありきで大好きで、でもそうじゃない二人も書いてみたくて書きました。
リプレイしながらもうずっと泣いてましたね……。すべてはダイヤのせいです。
スペード黒、きっと、一番素直にエースに対して「好き」を言えるアリスですね。そんなエースルートがプレイできて良かった。
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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#エース スペード黒 ベストED後
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幸せな夢を見ていた。
目を開けて、まずそう思うような夢だったのだろう。
でも、どんな内容だったのかは欠片も思い出せない。もどかしさと、わずかに残る幸福感で、とろりと再び落ちそうになる瞼を押し上げる。
視界いっぱいに広がるのは、白い雲が浮かぶ青空。ざわりと木々が揺れる音に続いて、風に流された髪が頬をくすぐった。
「あ、起こしちゃった?」
声のする方に目線を向ける。
「……エース」
「君の髪、柔らかくて気持ちいいからさ。引っ張っちゃったかな」
どうやら私の髪で遊んでいたらしい。ゆるゆると首を振れば、そっか、と穏やかな声が返ってきた。
「――寝ちゃってたのね、私」
「俺もだよ。君より少し前に起きた」
何かがあってもなくても、気が向いたら青い花畑に来るようになっていた。それこそ、彼が寂しくなくても、だ。
今日は、私はサンドイッチ、エースはいつものキャンプセットのコーヒーやカップを持って、ピクニックに来ていた。緩やかに流れた風が、畳まれたランチョンマットを揺らす。
「食べてすぐ寝ると、太るわよね……」
「あっはは。君はもう少し肉付きが良くなっても大丈夫じゃないか?」
「……あなた、デリカシーというものがないわけ?」
「え、何? 俺、別に胸の話はしてないけど」
「私だってしてないわよ!?」
身を起こしながら抗議するが、彼は朗らかに笑い続ける。
「いやだって、ちょうどいい大きさだと思うぜ。俺は好きだな」
「……ねえ、これ以上この話を続けるなら、私にも考えがあるけど」
「ごめんごめん」
ちっともそう思ってなさそうな顔で、声で、笑うエースの顔は。とても柔らかだ。
――怒る気も失せるじゃない。
立てた膝に頬をつくことで、緩みそうになる顔をごまかした。
「俺さ。夢を見てたんだ」
「へえ」
急に変わった話題に、自分も夢を見ていたことを思い出す。幸せだったということしか、思い出せないが。
そして前にもここで、二人して夢を見たのだ。あのときは、ペーターの贈り物。過去の焼き増しではない、私たちが願ってやまないもの。
満たされると同時に、胸の奥が痛くなる夢だ。だって、『いつか』『ずっと』を願ってしまうから。
「どんな夢?」
口角を上げ、できるだけ無邪気に見えるよう問いかけた。
「君がいたよ。君と、ピクニックしてた」
「あら、今と同じじゃない」
ユリウスの名前が出なかったことに、思わずほっとしながら笑う。けれど、エースは笑わなかった。ざあっと草が風でしなり鳴る。珍しく強い風。
「うん。……同じだな」
静かな、感情を抑えたような声に、首を傾げる。
「……楽しく、なかったの?」
「楽しかったよ。今日みたいにさ」
ごろりとエースが寝転がった。
「……楽しかったから、さ」
――怖くなった?
浮かんだ言葉を、静かに飲み込む。私だったら、そう思うから。いつまで幸せは続くのか。いつか、きっと――。先を思えば思うほど、不安からはどうしても逃れられない。
でも、二人して落ちることを、望んではいない。だから――。
寝転ぶエースの横に手を突き、身を傾けた。
「アリス?」
頭を垂れれば、髪がさらりと流れる。ためらったのは、一瞬。目を閉じながら、唇を落とした。
「…………」
「……え、っと」
頬が熱い。する前よりも、後の方が恥ずかしい。驚いたように見開いたエースの目を見ていられなくて、咳払いをしながら逸らす。
「その……、」
「近くにいる」
「え」
突き立てままの腕に、エースの手が優しく添えられた。
「だよな」
「……ええ」
どうやら伝わったらしい。
そのくすぐったさに、今度は隠さず頬を緩める。ゆっくり腕の力を抜いて、彼に身を寄せ体重を預けた。
約束はできない、私達だから。
「好きよ、エース」
今、ここだけに目を向けて。
そこには欠片も、本当の願いを込めてはいけない。
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あとがき
スペード黒のベストエンド、ユリウスありきで大好きで、でもそうじゃない二人も書いてみたくて書きました。
リプレイしながらもうずっと泣いてましたね……。すべてはダイヤのせいです。
スペード黒、きっと、一番素直にエースに対して「好き」を言えるアリスですね。そんなエースルートがプレイできて良かった。