猫の額
#その他
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
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私がここでおかしな気分になるのは、立ち込める濃い薔薇の香りのせいなのか、それとも美しい兄弟のせいなのか。未だに、わからない。どちらも原因なのかもしれないし、わかったところで意味はない。
「お前もやってみるか?」
ご機嫌な女王様は、花びらをむしった薔薇を私に差し出した。彼女は手癖のように、薔薇を握りつぶす。
「やらない」
かわいそうよ、と言うとビバルディは馬鹿にするように鼻で笑った。
「散るために存在するのじゃ。かわいそうなことなど何もない」
「でも、ただの暇つぶしで、むしられるのはかわいそうよ」
「育てられておるから育つのじゃ。どちらにしろ、朽ちる運命。ならば、いつ散ろうが一緒じゃ」
確かにそうだが、もったいないものはもったいない。ビバルディの足下には、無数の花びらが降り積もっている。しゃがみこんで拾えば、しっとりとした質感。こんなに綺麗なのに。しかも、ブラッドが手入れをしている薔薇だとういのに、少し離れ場所にいる彼は止めもしない。
一つ溜息をこぼして、手元にある花びらに視線を戻す。何かに再利用できないかしら。ビバルディはまだむしり続けている。
「ねぇ、ブラッド」
「ん?」
呼びかけた彼は、薔薇の手入れをしているのか、垣根を素手で触っている。手袋を外したブラッドの手は恐ろしく綺麗だ。反射的に彼の手に関する様々なことが蘇り――思わず頬が赤くなる。
「――これ、貰ってもいい?」
暗いから、私の変化には気づかないだろう。それでもやや目線を落としながら、地面に降り積もった花びらを指す。お風呂にでも入れれば、きっといい匂いがするはずだ。
「構わない」
ありがとう、とお礼を言って地面に座り込む。エプロンを受け皿にして、赤い破片をのせていく。白い布地の上に、それはよく映えた。
「っ、え」
急に濃くなった薔薇の香りにむせ返る。続いて、子どものようなビバルディの声。
「おぉ、綺麗じゃ」
「……ちょっと」
ビバルディが薔薇の数本をむしり、私に頭から被せたのだった。頭や肩にも大量の花びらが乗っている。遅れて、はらはらと落ちてくるものもある。
「見ろ、ブラッド。ここに綺麗な薔薇があるぞ」
「馬鹿言わないでよ」
集める手間は省けたが、これでは歩けば落ちるだけだ。何か入れ物を持ってこようかしら、と思った時、薔薇以外の香りが濃くなった。
「ビ、ビバルディ?」
彼女はドレスの裾が汚れるのも構わずしゃがみこみ、美しい手で私の顎を掴む。
「本当に、綺麗」
「え、ちょっと」
続きは、薔薇の花びらに邪魔される。長い綺麗な指が、私の唇に花びらを押し当てたのだ。
「可愛い」
恍惚とした表情でそう言われれば、先程の比にならないほど頬が熱を持つ。
そして花びらを押し当てられたまま、ゆっくりと口づけられた。――甘い香りがするのに、苦い。
「……姉貴」
急に聞こえた低い声に、びくりと身体が揺れる。
「何じゃ。こっちの薔薇を愛でるのは気に食わないか?」
にやりと、意地悪そうにビバルディが笑った。
「当たり前だ」
言うが早いか、ブラッドに腕を引かれ立ち上がらされる。反射的に花びらを踏むまいと意識したせいで、足下がふらつく。それを見て、ブラッドが舌打ちをした。
「独り占めはしないよ。――この薔薇だけは、二人で育てよう」
甘く、それでいて妖艶なビバルディの声が、耳元で響いた。常なら受け入れられないことも、ここだと抵抗する気すら起きなくなってしまう。でも、それだけではない。確かに、心の奥から湧き上がるものがある。
なのに、近づいてくるブラッドの顔をただ見つめることしかできない。
まだ頭に残っていた薔薇の花びらが、はらはらと視界の端を横切った。
14 好きだと言いたいのに声が出ない
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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私がここでおかしな気分になるのは、立ち込める濃い薔薇の香りのせいなのか、それとも美しい兄弟のせいなのか。未だに、わからない。どちらも原因なのかもしれないし、わかったところで意味はない。
「お前もやってみるか?」
ご機嫌な女王様は、花びらをむしった薔薇を私に差し出した。彼女は手癖のように、薔薇を握りつぶす。
「やらない」
かわいそうよ、と言うとビバルディは馬鹿にするように鼻で笑った。
「散るために存在するのじゃ。かわいそうなことなど何もない」
「でも、ただの暇つぶしで、むしられるのはかわいそうよ」
「育てられておるから育つのじゃ。どちらにしろ、朽ちる運命。ならば、いつ散ろうが一緒じゃ」
確かにそうだが、もったいないものはもったいない。ビバルディの足下には、無数の花びらが降り積もっている。しゃがみこんで拾えば、しっとりとした質感。こんなに綺麗なのに。しかも、ブラッドが手入れをしている薔薇だとういのに、少し離れ場所にいる彼は止めもしない。
一つ溜息をこぼして、手元にある花びらに視線を戻す。何かに再利用できないかしら。ビバルディはまだむしり続けている。
「ねぇ、ブラッド」
「ん?」
呼びかけた彼は、薔薇の手入れをしているのか、垣根を素手で触っている。手袋を外したブラッドの手は恐ろしく綺麗だ。反射的に彼の手に関する様々なことが蘇り――思わず頬が赤くなる。
「――これ、貰ってもいい?」
暗いから、私の変化には気づかないだろう。それでもやや目線を落としながら、地面に降り積もった花びらを指す。お風呂にでも入れれば、きっといい匂いがするはずだ。
「構わない」
ありがとう、とお礼を言って地面に座り込む。エプロンを受け皿にして、赤い破片をのせていく。白い布地の上に、それはよく映えた。
「っ、え」
急に濃くなった薔薇の香りにむせ返る。続いて、子どものようなビバルディの声。
「おぉ、綺麗じゃ」
「……ちょっと」
ビバルディが薔薇の数本をむしり、私に頭から被せたのだった。頭や肩にも大量の花びらが乗っている。遅れて、はらはらと落ちてくるものもある。
「見ろ、ブラッド。ここに綺麗な薔薇があるぞ」
「馬鹿言わないでよ」
集める手間は省けたが、これでは歩けば落ちるだけだ。何か入れ物を持ってこようかしら、と思った時、薔薇以外の香りが濃くなった。
「ビ、ビバルディ?」
彼女はドレスの裾が汚れるのも構わずしゃがみこみ、美しい手で私の顎を掴む。
「本当に、綺麗」
「え、ちょっと」
続きは、薔薇の花びらに邪魔される。長い綺麗な指が、私の唇に花びらを押し当てたのだ。
「可愛い」
恍惚とした表情でそう言われれば、先程の比にならないほど頬が熱を持つ。
そして花びらを押し当てられたまま、ゆっくりと口づけられた。――甘い香りがするのに、苦い。
「……姉貴」
急に聞こえた低い声に、びくりと身体が揺れる。
「何じゃ。こっちの薔薇を愛でるのは気に食わないか?」
にやりと、意地悪そうにビバルディが笑った。
「当たり前だ」
言うが早いか、ブラッドに腕を引かれ立ち上がらされる。反射的に花びらを踏むまいと意識したせいで、足下がふらつく。それを見て、ブラッドが舌打ちをした。
「独り占めはしないよ。――この薔薇だけは、二人で育てよう」
甘く、それでいて妖艶なビバルディの声が、耳元で響いた。常なら受け入れられないことも、ここだと抵抗する気すら起きなくなってしまう。でも、それだけではない。確かに、心の奥から湧き上がるものがある。
なのに、近づいてくるブラッドの顔をただ見つめることしかできない。
まだ頭に残っていた薔薇の花びらが、はらはらと視界の端を横切った。
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