猫の額
#ビバルディ
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
「恋愛において、両想いなどないよ。常に片想いなのじゃ」
その言葉に、持ち上げていたティーカップの水面が揺れた。一方、彼女は涼し気にカップに口を付けている。まるで一枚の絵画のように完璧な光景だと思う。
「……常に?」
「あぁ、どれだけ想い合っていても、どちらかの想いがより強い」
一生報われない、不毛なものだよ。
そう言って、ビバルディはカップをソーサーに戻した。
夕陽に照らされたその顔は相変わらず美しく、そしてどことなく寂しそうだ。
二人きりで行われるお茶会は、いつも夕方。昼間だと誰かしら割り込んでくるのだけど、不思議とこの時間には誰も邪魔をしない。彼女の時間だと、誰もが心得ているからなのだろうか。
「……片思い」
誰かを、何もかも投げ捨てて好きになったことのない私には、よくわからない。痛いほど美しく、誰かを愛せない私には。
それでも、『両想いがない』という話は少しショックだった。だって、それは恋愛ごとにおけるゴールのような気がしていたから。ふと、最近頭の中を占めてやまない彼の顔を思い浮かべてしまい――ぐい、と紅茶で流し込む。
「だから、どうしようもない。心はかき乱されるのに、得られるものはない。無意味なものだよ」
時間帯が変わらぬ限り、延々と沈まぬ夕陽は、この世界で最も異様で美しい。その赤を受けながら、ビバルディは自嘲するように口端を歪めた。その視線は紅茶の水面を見ているようで、どこか遠い。
――あなたは、誰かに恋をしているの?
訊いてもいいのか悩んでいると、彼女は目線を上げて私に笑いかけた。
「そして度が過ぎれば過ぎるほど。のめり込めばのめり込むほど――虚像を愛していくのじゃ」
「それって――」
恋愛っていうの? 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「……虚しい、わね」
私の言葉に、ビバルディは目を細めて笑う。
「お前も、いつかその無意味で、必要のない、でも捨てられないものに囚われる日がくるのじゃろうな」
「――私には無理よ」
ビバルディは、とても厄介なものであるように言う。でも、たとえ虚像であったとしても、それは相手がいなければ成り立たない。――ならば、私にはできない。
そんなに誰かを強く思うことなど、できないから。
「できるよ」
励ますでもなく、ただ事実を告げるように、優しく妖しい声でつむぐ。
「――お前なら、そのものも愛せるのかもしれないね」
何を根拠に。白けた気持ちで、紅茶を口に含む。もう冷めてしまったそれは、風味は薄く、どことなく苦みすら感じる。
変わらないのは、沈まない美しい夕陽だけ。
「誰もが虚像を愛し、そして、本物は愛せない」
私のことを好きだと愛しいと、語る口でそんなことを言う。
ふと、彼も同じなのだろうかと考えて、胸がじくりと疼いた。ああ、なんて不毛な――。
「その日が楽しみじゃな」
全然、楽しくなんかないわよ。
12 本当にあなたが愛したのは私じゃない
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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「恋愛において、両想いなどないよ。常に片想いなのじゃ」
その言葉に、持ち上げていたティーカップの水面が揺れた。一方、彼女は涼し気にカップに口を付けている。まるで一枚の絵画のように完璧な光景だと思う。
「……常に?」
「あぁ、どれだけ想い合っていても、どちらかの想いがより強い」
一生報われない、不毛なものだよ。
そう言って、ビバルディはカップをソーサーに戻した。
夕陽に照らされたその顔は相変わらず美しく、そしてどことなく寂しそうだ。
二人きりで行われるお茶会は、いつも夕方。昼間だと誰かしら割り込んでくるのだけど、不思議とこの時間には誰も邪魔をしない。彼女の時間だと、誰もが心得ているからなのだろうか。
「……片思い」
誰かを、何もかも投げ捨てて好きになったことのない私には、よくわからない。痛いほど美しく、誰かを愛せない私には。
それでも、『両想いがない』という話は少しショックだった。だって、それは恋愛ごとにおけるゴールのような気がしていたから。ふと、最近頭の中を占めてやまない彼の顔を思い浮かべてしまい――ぐい、と紅茶で流し込む。
「だから、どうしようもない。心はかき乱されるのに、得られるものはない。無意味なものだよ」
時間帯が変わらぬ限り、延々と沈まぬ夕陽は、この世界で最も異様で美しい。その赤を受けながら、ビバルディは自嘲するように口端を歪めた。その視線は紅茶の水面を見ているようで、どこか遠い。
――あなたは、誰かに恋をしているの?
訊いてもいいのか悩んでいると、彼女は目線を上げて私に笑いかけた。
「そして度が過ぎれば過ぎるほど。のめり込めばのめり込むほど――虚像を愛していくのじゃ」
「それって――」
恋愛っていうの? 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「……虚しい、わね」
私の言葉に、ビバルディは目を細めて笑う。
「お前も、いつかその無意味で、必要のない、でも捨てられないものに囚われる日がくるのじゃろうな」
「――私には無理よ」
ビバルディは、とても厄介なものであるように言う。でも、たとえ虚像であったとしても、それは相手がいなければ成り立たない。――ならば、私にはできない。
そんなに誰かを強く思うことなど、できないから。
「できるよ」
励ますでもなく、ただ事実を告げるように、優しく妖しい声でつむぐ。
「――お前なら、そのものも愛せるのかもしれないね」
何を根拠に。白けた気持ちで、紅茶を口に含む。もう冷めてしまったそれは、風味は薄く、どことなく苦みすら感じる。
変わらないのは、沈まない美しい夕陽だけ。
「誰もが虚像を愛し、そして、本物は愛せない」
私のことを好きだと愛しいと、語る口でそんなことを言う。
ふと、彼も同じなのだろうかと考えて、胸がじくりと疼いた。ああ、なんて不毛な――。
「その日が楽しみじゃな」
全然、楽しくなんかないわよ。
12 本当にあなたが愛したのは私じゃない