猫の額
#ナイトメア
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
冷たい物ではないはずなのに、舌の上にあるそれは、ひやりとしている。転がせば、からころと軽い音。……正直、ちょっと、はまってしまった。
「おいしいのか?」
「どうかしら」
おいしいものではない、と思う。暗い夢の中を明るくしてくれる星。といっても、おもちゃのような星だ。以前食べたときにもそう思ったが、私が金平糖のようだと思っているから、こんな触感なのかもしれない。
星を食べる日が来るなんて、考えたこともなかった。
「貴重な体験ができていいだろう」
「ていうか、勝手に考えていることを読んで、話しかけないでよね」
うざい。
心の中で大きく、わかりやすく呟いてやれば、今日は比較的顔色の良かった顔色がさーっと変化する。
ある意味、おもしろい見世物だ。
「私は道化師じゃない!」
「誰もそんなこと言ってない」
叫んだせいか、咳きこみだしたナイトメアの背中をさすってやる。まさか、大の男の背中を撫でてやる日常がくるなんて。
「な、何が悪いんだ……」
「悪くもないけど、良いことでもないわね」
面倒くさいだけだ。
「め、面倒くさい……」
今度は、今にも吐きそうな顔をしながら落ち込みだす。
背中を撫でる手を頭に移動すると、俯いた顔からぐすぐすと泣くような拗ねるような声が聞こえてきた。本当に面倒くさいのに、夢の中も悪くない、と思っているのだから、自分でも不思議だ。
彼の髪は見た目通り固く細く、それでいて滑らかで、指先を滑る感覚は心地良い。
まるで子どもをあやすように手を動かしながらも、口の中で小さなおもちゃみたいな星を転がし続ける。味はしない気がするのに、ひんやりとする塊はくせになる。――けれど、無味の食べ物を『おいしい』と分類するのはやはり違う。
最初は、こんなおもちゃみたいな形をした星なんて非現実的だし、この夢の空間が明るくなっても大差ないと思っていた。けれども、気が向けばこうして星を散りばめてもらう。メルヘンなものはそんなに好きじゃなかったはずなのに、カラフルな星達を見ていると、少し気分が変わる。
――やっぱり慰められているのかしら。ナイトメアに。
ちらりと横を見れば、具合が悪そうにしゃがみこんだままの夢魔。聞こえているくせに、こういうときは知らんぷりをする。
「ありがとう」
「……何のことだ?」
「あんたね、それ逆に失礼よ」
まあいいけど、と彼の横に座れば、足下に光る星々が少し近く感じられて、悪くない。
幻想的な光景に、まるで世界はここだけのような気がしてくる。
目が覚めれば、普通の生活が待っている。
そして、そこにナイトメアはいない――。
「あなた、私が起きているときはどうしているの?」
「もちろん、存在しているよ。これでも、私は忙しい身なんだ」
「……そう、なの?」
忙しい。この人に最も似合わない言葉だ。もしかして、私だけでなく色んな人間の夢を覗いているのだろうか?
「覗く、とは人聞きが悪いな」
同じことでしょと返せば、ぶつぶつといじけだす。けれどその顔色は、先程よりは良くなってきていた。
「夢の外には出てこないの?」
「出ることもある。だが、私はここが好きなんだ。外に出ると色々と面倒だからね」
「ひきこもり」
「何と言われても、私はここから出ない」
何故か胸を張る彼に呆れつつも、ひきこもりというのもいいかもしれないと思い直す。
「私も、ずっとここに居ようかしら」
銃弾飛び交う滞在地よりも、ここの方が楽そうだ。
「……君が?」
「ええ」
案外、それもいいかもしれない。
「……いいのか?」
「うーん。いいんじゃないかしら」
「滞在先の奴らが放っておかないだろう」
「そんなの、私の自由よ」
そうでしょ? と訊けば、ナイトメアが目を細めた。
「君は――」
「なあに?」
ナイトメアは何かを言いかけ――細く息を吐いて笑った。その目は、いつも通り優しい。
「好きなだけ、ここにいればいい」
11 君と二人だけなら誰にも反対されない
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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冷たい物ではないはずなのに、舌の上にあるそれは、ひやりとしている。転がせば、からころと軽い音。……正直、ちょっと、はまってしまった。
「おいしいのか?」
「どうかしら」
おいしいものではない、と思う。暗い夢の中を明るくしてくれる星。といっても、おもちゃのような星だ。以前食べたときにもそう思ったが、私が金平糖のようだと思っているから、こんな触感なのかもしれない。
星を食べる日が来るなんて、考えたこともなかった。
「貴重な体験ができていいだろう」
「ていうか、勝手に考えていることを読んで、話しかけないでよね」
うざい。
心の中で大きく、わかりやすく呟いてやれば、今日は比較的顔色の良かった顔色がさーっと変化する。
ある意味、おもしろい見世物だ。
「私は道化師じゃない!」
「誰もそんなこと言ってない」
叫んだせいか、咳きこみだしたナイトメアの背中をさすってやる。まさか、大の男の背中を撫でてやる日常がくるなんて。
「な、何が悪いんだ……」
「悪くもないけど、良いことでもないわね」
面倒くさいだけだ。
「め、面倒くさい……」
今度は、今にも吐きそうな顔をしながら落ち込みだす。
背中を撫でる手を頭に移動すると、俯いた顔からぐすぐすと泣くような拗ねるような声が聞こえてきた。本当に面倒くさいのに、夢の中も悪くない、と思っているのだから、自分でも不思議だ。
彼の髪は見た目通り固く細く、それでいて滑らかで、指先を滑る感覚は心地良い。
まるで子どもをあやすように手を動かしながらも、口の中で小さなおもちゃみたいな星を転がし続ける。味はしない気がするのに、ひんやりとする塊はくせになる。――けれど、無味の食べ物を『おいしい』と分類するのはやはり違う。
最初は、こんなおもちゃみたいな形をした星なんて非現実的だし、この夢の空間が明るくなっても大差ないと思っていた。けれども、気が向けばこうして星を散りばめてもらう。メルヘンなものはそんなに好きじゃなかったはずなのに、カラフルな星達を見ていると、少し気分が変わる。
――やっぱり慰められているのかしら。ナイトメアに。
ちらりと横を見れば、具合が悪そうにしゃがみこんだままの夢魔。聞こえているくせに、こういうときは知らんぷりをする。
「ありがとう」
「……何のことだ?」
「あんたね、それ逆に失礼よ」
まあいいけど、と彼の横に座れば、足下に光る星々が少し近く感じられて、悪くない。
幻想的な光景に、まるで世界はここだけのような気がしてくる。
目が覚めれば、普通の生活が待っている。
そして、そこにナイトメアはいない――。
「あなた、私が起きているときはどうしているの?」
「もちろん、存在しているよ。これでも、私は忙しい身なんだ」
「……そう、なの?」
忙しい。この人に最も似合わない言葉だ。もしかして、私だけでなく色んな人間の夢を覗いているのだろうか?
「覗く、とは人聞きが悪いな」
同じことでしょと返せば、ぶつぶつといじけだす。けれどその顔色は、先程よりは良くなってきていた。
「夢の外には出てこないの?」
「出ることもある。だが、私はここが好きなんだ。外に出ると色々と面倒だからね」
「ひきこもり」
「何と言われても、私はここから出ない」
何故か胸を張る彼に呆れつつも、ひきこもりというのもいいかもしれないと思い直す。
「私も、ずっとここに居ようかしら」
銃弾飛び交う滞在地よりも、ここの方が楽そうだ。
「……君が?」
「ええ」
案外、それもいいかもしれない。
「……いいのか?」
「うーん。いいんじゃないかしら」
「滞在先の奴らが放っておかないだろう」
「そんなの、私の自由よ」
そうでしょ? と訊けば、ナイトメアが目を細めた。
「君は――」
「なあに?」
ナイトメアは何かを言いかけ――細く息を吐いて笑った。その目は、いつも通り優しい。
「好きなだけ、ここにいればいい」
11 君と二人だけなら誰にも反対されない