猫の額
『遠い空の下』
#仲花
エンド後、尚香さんが玄徳軍に行った仮定のお話。
****************
思うように動かない指先と、期待に反してぽきりと折れてしまう茎。首を傾げながら、ちぐはぐに連なった花輪のできそこないを、頭上に掲げた。
「いけると思ったんだけどなあ」
「何やってんだよ」
草むらに座り込んだ私を呆れた目で見降ろす仲謀の言葉に、腕をそっと下ろした。
「⋯⋯花冠か」
「うん」
城内の塀に近い、草が生い茂っている場所で、シロツメクサによく似た花を見つけた。
死角の人気のない場所だったものだから、座り込み記憶を頼りに花冠作りに勤しんでい
た。しかし、編み込む過程で茎は萎れ、花の位置もまばらで全くうまくできない。
「ちょっと貸せ」
顎で示され、どうするんだろうと訝しみながらも、花冠のできそこないを渡す。しゃがんだ仲謀の骨ばった手が花を摘み、私が作ったものに差し込むまでの流れが至って白然で、思わず目を瞬かせた。
あっという間に、まばらに並んだ花がみっしりと連なっていく。
「⋯⋯作ったことあるの?」
「尚否に強諦られて」
あいつ不器用だろ。そう言いながら口端をあげた仲謀の横顔は、どこか寂し気だった。
尚香さんと入れ替わるように、京へと戻ってきた。
別れ際に「義姉上」と日を潤ませて手を繋いできた彼女を思い出す。 固い決意のもと玄徳軍に嫁いだとはいえ、本当に他に道はなかったのだろうか。
何度も繰り返した白問を、短く息を吐くことで終わらせる。ただ、私が寂しいのだ。そんなだから、仲謀の横顔が寂しそうだなんて、思いたいのかもしれない。
「ほら、できたぞ」
沈んだ思考の沼に浸かりかけたころ、目の前に輪になった花冠が差し出された。
「わあ、すごい。綺麗」
「別に。大したことないだろ」
と言いつつも、気をよくしたようで、仲謀が鼻を鳴らす。そして腰を下ろして伸びをしたかと思うと、そのまま寝転がった。
「ありがと」
「別に」
いつでも作ってやるよ、と続いた言葉が面映ゆい。と同時に、かつて尚香さんにも言っていたのは想像に難くない。きっと口では色々言いつつも、面倒見よく大事にしていただろう。――その尚香さんは、もういない。
春風が、そよそよと草花を揺らし通り抜けていく。遠くからは鍛錬の声や、人々が談笑する声が流れてくる。頭上には、柔らかく千切られた雲が点々と、透き通った水色の空に浮かんでいる。気持ちとは裏腹に、どこまでも穏やかな光景だ。
「女ってほんとそういうの好きだな」
「……可愛いじゃない」
尚呑さんのことを思い出しているのだろうか。嫁がせたことを、後悔しているのだろうか。たとえそうだったとして、仲謀は絶対に言わないだろう。
尚香さんがいなくて寂しいね。そう言いたいのに、話してもらえない現実を思うと、言う気にはなれなかった。
それは仲謀の立場を考えれば当然のことであることは理解している。でも、もしこれから夫婦になったとして。私は、仲謀にどれだけのことを打ち明けてもらえるのだろう。
手元の花冠を眺める。私が出来ないことは、仲謀が支えてくれるのかもしれない。
じゃあ、私は?もう本もない、軍師としてここにいるわけでもない。私が仲謀にできることって、何なんだろう。
「……」
手元の花冠を、そっと撫でた。
──私がこの人にあげられるものは、何にもない。
「仲謀」
「あ?」
そっと、仲謀の頭に花冠を乗せる。
「――何で俺に乗せるんだよ」
「……"ありがとう"の代理?」
ぽかん、と口を開けて仲謀がこちらを見上げる。そして、大きく破顔した。
「何だそれ」
私は何もあげられないし、尚香さんがいなくて寂しいね、と声をかける勇気だってないけれど。
貴方が今まで築いてきたものを、これから作り上げていくものを、貴方が気ものを見て伝えて。「いつでも」の言葉が叶うように、貴方の傍にいるよ。
2021.05.06 12:54:23
三国恋戦記
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エンド後、尚香さんが玄徳軍に行った仮定のお話。
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思うように動かない指先と、期待に反してぽきりと折れてしまう茎。首を傾げながら、ちぐはぐに連なった花輪のできそこないを、頭上に掲げた。
「いけると思ったんだけどなあ」
「何やってんだよ」
草むらに座り込んだ私を呆れた目で見降ろす仲謀の言葉に、腕をそっと下ろした。
「⋯⋯花冠か」
「うん」
城内の塀に近い、草が生い茂っている場所で、シロツメクサによく似た花を見つけた。
死角の人気のない場所だったものだから、座り込み記憶を頼りに花冠作りに勤しんでい
た。しかし、編み込む過程で茎は萎れ、花の位置もまばらで全くうまくできない。
「ちょっと貸せ」
顎で示され、どうするんだろうと訝しみながらも、花冠のできそこないを渡す。しゃがんだ仲謀の骨ばった手が花を摘み、私が作ったものに差し込むまでの流れが至って白然で、思わず目を瞬かせた。
あっという間に、まばらに並んだ花がみっしりと連なっていく。
「⋯⋯作ったことあるの?」
「尚否に強諦られて」
あいつ不器用だろ。そう言いながら口端をあげた仲謀の横顔は、どこか寂し気だった。
尚香さんと入れ替わるように、京へと戻ってきた。
別れ際に「義姉上」と日を潤ませて手を繋いできた彼女を思い出す。 固い決意のもと玄徳軍に嫁いだとはいえ、本当に他に道はなかったのだろうか。
何度も繰り返した白問を、短く息を吐くことで終わらせる。ただ、私が寂しいのだ。そんなだから、仲謀の横顔が寂しそうだなんて、思いたいのかもしれない。
「ほら、できたぞ」
沈んだ思考の沼に浸かりかけたころ、目の前に輪になった花冠が差し出された。
「わあ、すごい。綺麗」
「別に。大したことないだろ」
と言いつつも、気をよくしたようで、仲謀が鼻を鳴らす。そして腰を下ろして伸びをしたかと思うと、そのまま寝転がった。
「ありがと」
「別に」
いつでも作ってやるよ、と続いた言葉が面映ゆい。と同時に、かつて尚香さんにも言っていたのは想像に難くない。きっと口では色々言いつつも、面倒見よく大事にしていただろう。――その尚香さんは、もういない。
春風が、そよそよと草花を揺らし通り抜けていく。遠くからは鍛錬の声や、人々が談笑する声が流れてくる。頭上には、柔らかく千切られた雲が点々と、透き通った水色の空に浮かんでいる。気持ちとは裏腹に、どこまでも穏やかな光景だ。
「女ってほんとそういうの好きだな」
「……可愛いじゃない」
尚呑さんのことを思い出しているのだろうか。嫁がせたことを、後悔しているのだろうか。たとえそうだったとして、仲謀は絶対に言わないだろう。
尚香さんがいなくて寂しいね。そう言いたいのに、話してもらえない現実を思うと、言う気にはなれなかった。
それは仲謀の立場を考えれば当然のことであることは理解している。でも、もしこれから夫婦になったとして。私は、仲謀にどれだけのことを打ち明けてもらえるのだろう。
手元の花冠を眺める。私が出来ないことは、仲謀が支えてくれるのかもしれない。
じゃあ、私は?もう本もない、軍師としてここにいるわけでもない。私が仲謀にできることって、何なんだろう。
「……」
手元の花冠を、そっと撫でた。
──私がこの人にあげられるものは、何にもない。
「仲謀」
「あ?」
そっと、仲謀の頭に花冠を乗せる。
「――何で俺に乗せるんだよ」
「……"ありがとう"の代理?」
ぽかん、と口を開けて仲謀がこちらを見上げる。そして、大きく破顔した。
「何だそれ」
私は何もあげられないし、尚香さんがいなくて寂しいね、と声をかける勇気だってないけれど。
貴方が今まで築いてきたものを、これから作り上げていくものを、貴方が気ものを見て伝えて。「いつでも」の言葉が叶うように、貴方の傍にいるよ。