猫の額
#ボリス
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
やらなくてはいけないことがあった。
目を開ければ、暗闇。夜の時間帯が続いているのかもしれない。横からは、規則正しい寝息。
手を伸ばし、そっと柔らかな髪に触れれば、彼はうぅ、と小さく呻いてみじろいだ。本物の猫みたい。というか、やはり猫の類いに相当するのだろうか。くすりと笑いながら、健やかな寝息を立てる彼の顔を見つめて、目覚める前に浮かんだ思考を追う。
あんなにもやらなくてはいけないと思っていた事は、何だったのだろう。
結局ボリスといたくて、この世界に残ることになってしまった。後悔は――ないとは言い切れないが、これで良かったと思っている。でも、疑問は消えない。
私は、何をしなきゃいけなかったんだろう。
「……ありす?」
寝ぼけた声とともに、腕が伸び引き寄せられる。ベッドの中は、大きな猫がいるせいかとても温かい。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「……また、変なこと考えてない?」
「変なこと?」
耳を触ったり、尻尾を掴んだりってこと? 彼は猫と同じで、耳や尻尾を触れられるのを嫌がる。
「そういう意味じゃなくってさぁ……」
舌ったらずだった声が、段々とはっきりしてくる。
「帰りたい、とか。そういうこと」
「あぁ」
「何、その言い方」
呆れたような私の返事に、ボリスが拗ねる。でも仕方がないことだ。どんなに帰らないと言っても、ボリスはすぐに疑う。いい加減、その辺りにはうんざりしていた。いつまで経っても信じてくれない。
「考えてないわ。いつもそう言ってるじゃない」
「でも、元の世界のことを考えてただろ」
怒ったような声に、ボリスの身体に身を寄せる。そのくらいで鎮まらないことはわかっているが、嘘はないのだと態度でも示したかった。
「考えても、帰りたいってことにならないわ」
「そんなのわからない」
一体どうすればいいんだろう。面倒だなと思いながらも、こういう風に執着されることを、喜んでいる自分もいる。私って本当に面倒な子だわ、と少し自己嫌悪に陥る。
「私、帰らないわよ?」
「……信じたいけどさ」
更に強く抱きしめられて、ボリスの髪が頬にあたる。ボリスがこんなに不安になっているというのに、温かさと柔らかさが、睡魔を呼び寄せる。とろりと瞼が落ちた。
「あんたは真面目だから――って、アリス?」
「う……ん?」
「……きーてる?」
「何か、眠くなっちゃって」
腕を彼の背中に回せば、更に眠気が深まる。難しいことは考えないで、このまま寝てしまう方が良い気がする。
「……あんたってさぁ、酷いよね」
「今更だわ」
知ってたでしょ、と夢うつつに返す。
まぁね、とボリスの柔らかい声が降ってきた。
やらなくてはいけないことが、あった気がする。でも、忘れてしまった。ボリスが、忘れさせたから。だって、ボリスがいなければ、きっと私は元の世界に帰っていた。
これは責任転嫁だ。だが、ボリスは引き受けてくれるだろう。そのくらい信用しているし、依存している。
もし、ボリスがいなかったら。会わなかったら。元の世界に帰って、やるべきことをしていただろう。たとえ、それが辛いことであったとしても。そう、すべきだから。
「……共犯、よね」
「はあ? 何が?」
ボリスも眠たくなったのか、声が間延びしている。何でもない、と頬をすり寄せると、優しくキスをされた。
ここはあまりにも温かすぎて、何も考えられなくなってしまう。
「おやすみ、アリス」
「おやすみなさい」
これが夢なら、もう一生覚めなくていい。
08 此の恋は私と貴方だけの甘い罪
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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やらなくてはいけないことがあった。
目を開ければ、暗闇。夜の時間帯が続いているのかもしれない。横からは、規則正しい寝息。
手を伸ばし、そっと柔らかな髪に触れれば、彼はうぅ、と小さく呻いてみじろいだ。本物の猫みたい。というか、やはり猫の類いに相当するのだろうか。くすりと笑いながら、健やかな寝息を立てる彼の顔を見つめて、目覚める前に浮かんだ思考を追う。
あんなにもやらなくてはいけないと思っていた事は、何だったのだろう。
結局ボリスといたくて、この世界に残ることになってしまった。後悔は――ないとは言い切れないが、これで良かったと思っている。でも、疑問は消えない。
私は、何をしなきゃいけなかったんだろう。
「……ありす?」
寝ぼけた声とともに、腕が伸び引き寄せられる。ベッドの中は、大きな猫がいるせいかとても温かい。
「ごめんね、起こしちゃった?」
「……また、変なこと考えてない?」
「変なこと?」
耳を触ったり、尻尾を掴んだりってこと? 彼は猫と同じで、耳や尻尾を触れられるのを嫌がる。
「そういう意味じゃなくってさぁ……」
舌ったらずだった声が、段々とはっきりしてくる。
「帰りたい、とか。そういうこと」
「あぁ」
「何、その言い方」
呆れたような私の返事に、ボリスが拗ねる。でも仕方がないことだ。どんなに帰らないと言っても、ボリスはすぐに疑う。いい加減、その辺りにはうんざりしていた。いつまで経っても信じてくれない。
「考えてないわ。いつもそう言ってるじゃない」
「でも、元の世界のことを考えてただろ」
怒ったような声に、ボリスの身体に身を寄せる。そのくらいで鎮まらないことはわかっているが、嘘はないのだと態度でも示したかった。
「考えても、帰りたいってことにならないわ」
「そんなのわからない」
一体どうすればいいんだろう。面倒だなと思いながらも、こういう風に執着されることを、喜んでいる自分もいる。私って本当に面倒な子だわ、と少し自己嫌悪に陥る。
「私、帰らないわよ?」
「……信じたいけどさ」
更に強く抱きしめられて、ボリスの髪が頬にあたる。ボリスがこんなに不安になっているというのに、温かさと柔らかさが、睡魔を呼び寄せる。とろりと瞼が落ちた。
「あんたは真面目だから――って、アリス?」
「う……ん?」
「……きーてる?」
「何か、眠くなっちゃって」
腕を彼の背中に回せば、更に眠気が深まる。難しいことは考えないで、このまま寝てしまう方が良い気がする。
「……あんたってさぁ、酷いよね」
「今更だわ」
知ってたでしょ、と夢うつつに返す。
まぁね、とボリスの柔らかい声が降ってきた。
やらなくてはいけないことが、あった気がする。でも、忘れてしまった。ボリスが、忘れさせたから。だって、ボリスがいなければ、きっと私は元の世界に帰っていた。
これは責任転嫁だ。だが、ボリスは引き受けてくれるだろう。そのくらい信用しているし、依存している。
もし、ボリスがいなかったら。会わなかったら。元の世界に帰って、やるべきことをしていただろう。たとえ、それが辛いことであったとしても。そう、すべきだから。
「……共犯、よね」
「はあ? 何が?」
ボリスも眠たくなったのか、声が間延びしている。何でもない、と頬をすり寄せると、優しくキスをされた。
ここはあまりにも温かすぎて、何も考えられなくなってしまう。
「おやすみ、アリス」
「おやすみなさい」
これが夢なら、もう一生覚めなくていい。
08 此の恋は私と貴方だけの甘い罪