猫の額
#ゴーランド
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
重い。
溜息をつきたくなるような書類の重さに、うんざりしてきた。今日は資料を含めた書類の量が多く、両手いっぱいに抱えた束を落とさぬよう、気も遣う。――誰かに手伝ってもらえば良かった。一人廊下を歩きながら、皆の申し出を断った自分を恨む。
壁際に寄り、書類の束を持ち直したところで、開いた窓から従業員達の笑い声が聞こえた。それから、よく耳慣れた人の声。覗いてみると、やっぱりいた。
ゴーランドだ。
「……楽しそうにしちゃって」
自然と、頬が緩む。
遊園地のオーナーは、何を話しているのか従業員達と盛り上がっているらしい。気さくな彼らしい光景だった。
しばらく彼らを眺めていると、従業員の一人がこちらに気づいて手を振った。それにつられて全員が上を仰ぎ見る。何かを言っているようだが、遠すぎて聞こえない。
それでも、私を見つけたことで、嬉しそうにしていることはわかった。それを受けて、私も微笑み返す。
そして、穏やかなゴーランドの視線に、胸がほんのりと熱を帯びた。
「何を話してたの?」
「大したことじゃねぇんだ。次のイベントの話で――それより重かっただろ。ありがとな」
屋敷の窓から眺めている私を見つけたあと、ゴーランドはすぐ私の所に来てくれた。書類の束をあっという間に取り上げ、ぽすぽすと頭に手を置く。まるで子どものような扱いだが、気にならない。私は手ぶらで、今は二人で彼の執務室を目指して歩いている。
こういう何でもない日常が、こそばゆく、それでいて愛しい。こんな風に、小さなことでも嬉しくなったり、それを素直に認められる自分がいる。
でも、正直なところ戸惑う。
以前の自分とは、あまりにも違うから。ボリス、それから他の友達からも「変わった」と少々呆れ気味に言われる始末。もし自分が逆の立場でも、同じように気味悪がるだろう。実際、自分が一番違和感がある。
「何だ、疲れたか? だったら休んでもいいぞ」
ゴーランドにそう声を掛けられ、おずおずと顔を上げる。
「そうじゃないの。……ただ、ね」
私、気持ち悪くない?
そう直接訊くのは、ためらわれた。変に心配されてしまうかもしれないし、ゴーランドのことだから勝手な設定を繰り広げられそうな気もする。
「ただ?」
「ただ、その……。私、変わったでしょ?」
重い書類を抱えたまま、ゴーランドはきょとんとする。
「何だ、嫌なのか?」
やっぱり変わったんだ、私。けれども彼は大して気に留めていないようだ。
「嫌ってわけでもないの。ただ何か慣れないっていうか……。その、」
――ゴーランドは、嫌じゃないの?
今度は、勇気がなくて訊けなかった。
周りの皆は、私の変化を生ぬるい目で見ている。気がする。でも彼のことだから、今の私も受け入れてくれるだろう。訊けば期待した答えをくれるはずだ。
でも、彼は変わる前の私を好きになってくれたから、今があるわけで。もし、前の方が――なんて言われても、どうしようもできない。
「変わったことが慣れないのか?」
「うん、まあ……」
うーん、とゴーランドは首を捻った。
「ていうか、具体的にどう変わったかその辺りがまずわからねえが――」
「――は?」
あんたさっき何も言わなかったじゃない。思わず半目で睨みつけてしまう。
「あんたが慣れないなら問題だよな。何が変わった?」
大真面目な顔で訊いてくるゴーランド。色ボケで毒気が抜けたなど、本人に言えるはずがない。
「……どこが変わったかもわからないの? 愛が足りないわよ」
あぁ、間違えた。こういう切り返しも十分恥ずかしい。昔の自分ならそんなこと言わない。
恥ずかしさに内心頭を抱えている私を知ってから知らずか、ゴーランドは一生懸命考えているようだ。
「……変わったこと、変化、か。うーん……」
「――ばあか。さいってー」
「え、な! す、すまん!」
慌てふためくゴーランドに、思わず噴き出す。
私は変わった。周りの皆も、自分もまだ慣れない。でも、私が変わったことにも気づかないこの人がそばにいるなら、別にいいのかもしれない。だって、大したことではないってことだろうから。
「じゃあ」
両手のふさがった彼の頬に手を伸ばす。小さくつまめば、眉が情けなく下がった。
「これで許してあげるわ」
許されているのは、私の方だけど。
07 貴方はいいと言うが 周りの人は否定する
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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重い。
溜息をつきたくなるような書類の重さに、うんざりしてきた。今日は資料を含めた書類の量が多く、両手いっぱいに抱えた束を落とさぬよう、気も遣う。――誰かに手伝ってもらえば良かった。一人廊下を歩きながら、皆の申し出を断った自分を恨む。
壁際に寄り、書類の束を持ち直したところで、開いた窓から従業員達の笑い声が聞こえた。それから、よく耳慣れた人の声。覗いてみると、やっぱりいた。
ゴーランドだ。
「……楽しそうにしちゃって」
自然と、頬が緩む。
遊園地のオーナーは、何を話しているのか従業員達と盛り上がっているらしい。気さくな彼らしい光景だった。
しばらく彼らを眺めていると、従業員の一人がこちらに気づいて手を振った。それにつられて全員が上を仰ぎ見る。何かを言っているようだが、遠すぎて聞こえない。
それでも、私を見つけたことで、嬉しそうにしていることはわかった。それを受けて、私も微笑み返す。
そして、穏やかなゴーランドの視線に、胸がほんのりと熱を帯びた。
「何を話してたの?」
「大したことじゃねぇんだ。次のイベントの話で――それより重かっただろ。ありがとな」
屋敷の窓から眺めている私を見つけたあと、ゴーランドはすぐ私の所に来てくれた。書類の束をあっという間に取り上げ、ぽすぽすと頭に手を置く。まるで子どものような扱いだが、気にならない。私は手ぶらで、今は二人で彼の執務室を目指して歩いている。
こういう何でもない日常が、こそばゆく、それでいて愛しい。こんな風に、小さなことでも嬉しくなったり、それを素直に認められる自分がいる。
でも、正直なところ戸惑う。
以前の自分とは、あまりにも違うから。ボリス、それから他の友達からも「変わった」と少々呆れ気味に言われる始末。もし自分が逆の立場でも、同じように気味悪がるだろう。実際、自分が一番違和感がある。
「何だ、疲れたか? だったら休んでもいいぞ」
ゴーランドにそう声を掛けられ、おずおずと顔を上げる。
「そうじゃないの。……ただ、ね」
私、気持ち悪くない?
そう直接訊くのは、ためらわれた。変に心配されてしまうかもしれないし、ゴーランドのことだから勝手な設定を繰り広げられそうな気もする。
「ただ?」
「ただ、その……。私、変わったでしょ?」
重い書類を抱えたまま、ゴーランドはきょとんとする。
「何だ、嫌なのか?」
やっぱり変わったんだ、私。けれども彼は大して気に留めていないようだ。
「嫌ってわけでもないの。ただ何か慣れないっていうか……。その、」
――ゴーランドは、嫌じゃないの?
今度は、勇気がなくて訊けなかった。
周りの皆は、私の変化を生ぬるい目で見ている。気がする。でも彼のことだから、今の私も受け入れてくれるだろう。訊けば期待した答えをくれるはずだ。
でも、彼は変わる前の私を好きになってくれたから、今があるわけで。もし、前の方が――なんて言われても、どうしようもできない。
「変わったことが慣れないのか?」
「うん、まあ……」
うーん、とゴーランドは首を捻った。
「ていうか、具体的にどう変わったかその辺りがまずわからねえが――」
「――は?」
あんたさっき何も言わなかったじゃない。思わず半目で睨みつけてしまう。
「あんたが慣れないなら問題だよな。何が変わった?」
大真面目な顔で訊いてくるゴーランド。色ボケで毒気が抜けたなど、本人に言えるはずがない。
「……どこが変わったかもわからないの? 愛が足りないわよ」
あぁ、間違えた。こういう切り返しも十分恥ずかしい。昔の自分ならそんなこと言わない。
恥ずかしさに内心頭を抱えている私を知ってから知らずか、ゴーランドは一生懸命考えているようだ。
「……変わったこと、変化、か。うーん……」
「――ばあか。さいってー」
「え、な! す、すまん!」
慌てふためくゴーランドに、思わず噴き出す。
私は変わった。周りの皆も、自分もまだ慣れない。でも、私が変わったことにも気づかないこの人がそばにいるなら、別にいいのかもしれない。だって、大したことではないってことだろうから。
「じゃあ」
両手のふさがった彼の頬に手を伸ばす。小さくつまめば、眉が情けなく下がった。
「これで許してあげるわ」
許されているのは、私の方だけど。
07 貴方はいいと言うが 周りの人は否定する