猫の額
#ディー&ダム
ハートの国のアリスオールキャラ本 『Forget me』WEB再録
****************
「……ねぇ、その。別に言葉だけでも十分伝わるわよ?」
柔らかな日差しが差し込む午後。自室のソファで、頬に残るむず痒さを気にしないようにしながら、慎重に言葉を選ぶ。
しかし彼らは、きょとんと不思議そうな顔をした後に、拗ねるような駄々をこねる顔になってしまった。さすが双子というべきか、そのタイミングは同時だ。
「何でさ。お姉さんもこれは好きでしょ?」
「そうだよ。嬉しそうにしてたじゃないか」
確かに、彼らのその『行為』は嬉しい。嬉しかった。けれど、最近は困っていることに気がつかないのだろうか。いや、気がついていてわざとしている可能性もあると、一つ咳払いをして話し出す。
「ええ、嬉しいわ。……でも、人目は気にしましょう?」
「えー、ただのお礼だよ?」
「それに、誰も気にしていないと思うよ」
むしろ、それが一番問題かもしれない。彼らの『行為』を受け慌てる私を、日常の光景として反応しなくなってきた屋敷の面々を思い浮かべ、思わず大きな溜息がこぼれた。
最近、彼らは私にキスをする。
といっても頬にだ。親愛の印。はたまたお礼に。キスする理由は様々。
両隣から挟み込むように、腕をやや強引に引っ張られて行われるそれは、照れくささを伴う。他者からそんな風に触れられるのは、何だかくすぐったく、嫌ではなかった。でも、彼らだからそう思うのかもしれない。
だから、『頬にキス』という可愛らしい行為だけなら、別に困ってはないのだ。が――。
問題は、所構わず、人目を気にしない――という点だ。
使用人が居ようと、エリオットが居ようと、最悪ブラッドが居ようとまったく構わない。その様子を、使用人は微笑まし気に、エリオットは「すっかり懐きやがって」とやや呆れ気味に。ブラッドは……。
「――思い出したくもないわ」
「何が?」
「独り言? 独り言が増えると疲れてる証拠なんだって聞いたよ。大丈夫?」
誰のせいだ。
ちっとも伝わりそうのない状況にこめかみを押さえつつも、ここで引いてはならぬと、自分なりに最大級の笑顔を作る。
「あのね、ディー、ダム」
「……何、お姉さん。気持ち悪いよ」
「そうだよ。そうだよ。何か怖いよ」
ぴくりと引きつりそうになる頬を押さえる。
「――頬にキスしてくれるのは嬉しいの。でも、やっぱり人前では止めましょう? ね?」
「何で?」
「別にいいじゃないか」
「だからね、人前でそういうのは――」
「何で何で何で?」
「僕ら、お姉さんのことが好きなんだよ⁉︎」
ぎゅっと二人に勢い良く抱きつかれ、思わずよろけそうになる。好きだろうが何だろうが、それとこれとは別の話だ。説得しようと二人の顔を見て――思わず、言葉を失った。
「何で?僕らが嫌いになっちゃった?」
「そんなの嫌だよ、お姉さん」
今にも泣きだしそうな、見たことがないほど必死な表情。自分がとても酷いことを言った気がして、胸がずきりと痛んだ。
「……そうじゃないのよ」
けれど、双子の表情は変わらない。すがる瞳の底を見て、『怯え』という言葉が浮かぶ。どう伝えればいいのだろう。
「ねえ、嫌いなんかじゃないの。違うのよ」
私に抱きつく双子の背中に手を伸ばし、二人の間に顔を埋める。そして、彼らの力に負けないように、強く抱きしめた。
「私、あなた達のことが大好きなのよ」
――だから、そんな顔しないでよ。言葉にはできず、涙がじわりと滲んだ。
彼らが楽しそうだと嬉しい。逆に、彼らが辛そうだと涙が出るほどには、私はディーとダムのことを大切に思っている。
「……本当に?」
「……嫌いじゃないんだね? 好きなんだよね?」
「えぇ、大好きよ」
顔は見えなくても、声の調子から彼らが安心したのがわかる。
抱きしめていた腕をゆっくり緩めると、思った通りの笑った顔がそこにあった。
「良かったあ。嫌われたのかと思っちゃった」
「そうだよ、びっくりさせないでよ。お姉さん」
「うん。……ごめんね」
少しだけ三人で笑えば、張り詰めていた空気が緩む。それでも、さっきの彼らの怯えた瞳が脳裏に張り付いて消えない。
「僕、お姉さんとお別れなんてしたくないんだから」
「僕だってそうさ。出来れば、話したり、笑ったり、動くお姉さんがいいよ」
「?」
首を傾げるも、彼らはそんな私には気づかず話し続ける。
「そうそう。だから、生きたまま僕達のそばにいてね?」
「僕達を嫌いになんかなったりしたら、お姉さんを殺さなきゃいけないんだから」
「――」
「だからさ」
『そんなこと、させないで』
どちらがそのセリフを口にしたのか、よくわからない。ただ、恐怖よりも何よりも、どこまでも理解し合えないのだと、突き放されたような寂しさが胸に刺さる。
「「お姉さん、大好きだよ」」
「……私も、大好きよ」
無理やり口角を上げ、彼らに再び手を伸ばす。彼らは満足そうに笑みを浮かべ、私の抱擁よりも、強く抱き返してきた。
06 笑顔の裏に隠した涙がこぼれた
2024.04.27 21:00:00
ハートの国のアリスシリーズ
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「……ねぇ、その。別に言葉だけでも十分伝わるわよ?」
柔らかな日差しが差し込む午後。自室のソファで、頬に残るむず痒さを気にしないようにしながら、慎重に言葉を選ぶ。
しかし彼らは、きょとんと不思議そうな顔をした後に、拗ねるような駄々をこねる顔になってしまった。さすが双子というべきか、そのタイミングは同時だ。
「何でさ。お姉さんもこれは好きでしょ?」
「そうだよ。嬉しそうにしてたじゃないか」
確かに、彼らのその『行為』は嬉しい。嬉しかった。けれど、最近は困っていることに気がつかないのだろうか。いや、気がついていてわざとしている可能性もあると、一つ咳払いをして話し出す。
「ええ、嬉しいわ。……でも、人目は気にしましょう?」
「えー、ただのお礼だよ?」
「それに、誰も気にしていないと思うよ」
むしろ、それが一番問題かもしれない。彼らの『行為』を受け慌てる私を、日常の光景として反応しなくなってきた屋敷の面々を思い浮かべ、思わず大きな溜息がこぼれた。
最近、彼らは私にキスをする。
といっても頬にだ。親愛の印。はたまたお礼に。キスする理由は様々。
両隣から挟み込むように、腕をやや強引に引っ張られて行われるそれは、照れくささを伴う。他者からそんな風に触れられるのは、何だかくすぐったく、嫌ではなかった。でも、彼らだからそう思うのかもしれない。
だから、『頬にキス』という可愛らしい行為だけなら、別に困ってはないのだ。が――。
問題は、所構わず、人目を気にしない――という点だ。
使用人が居ようと、エリオットが居ようと、最悪ブラッドが居ようとまったく構わない。その様子を、使用人は微笑まし気に、エリオットは「すっかり懐きやがって」とやや呆れ気味に。ブラッドは……。
「――思い出したくもないわ」
「何が?」
「独り言? 独り言が増えると疲れてる証拠なんだって聞いたよ。大丈夫?」
誰のせいだ。
ちっとも伝わりそうのない状況にこめかみを押さえつつも、ここで引いてはならぬと、自分なりに最大級の笑顔を作る。
「あのね、ディー、ダム」
「……何、お姉さん。気持ち悪いよ」
「そうだよ。そうだよ。何か怖いよ」
ぴくりと引きつりそうになる頬を押さえる。
「――頬にキスしてくれるのは嬉しいの。でも、やっぱり人前では止めましょう? ね?」
「何で?」
「別にいいじゃないか」
「だからね、人前でそういうのは――」
「何で何で何で?」
「僕ら、お姉さんのことが好きなんだよ⁉︎」
ぎゅっと二人に勢い良く抱きつかれ、思わずよろけそうになる。好きだろうが何だろうが、それとこれとは別の話だ。説得しようと二人の顔を見て――思わず、言葉を失った。
「何で?僕らが嫌いになっちゃった?」
「そんなの嫌だよ、お姉さん」
今にも泣きだしそうな、見たことがないほど必死な表情。自分がとても酷いことを言った気がして、胸がずきりと痛んだ。
「……そうじゃないのよ」
けれど、双子の表情は変わらない。すがる瞳の底を見て、『怯え』という言葉が浮かぶ。どう伝えればいいのだろう。
「ねえ、嫌いなんかじゃないの。違うのよ」
私に抱きつく双子の背中に手を伸ばし、二人の間に顔を埋める。そして、彼らの力に負けないように、強く抱きしめた。
「私、あなた達のことが大好きなのよ」
――だから、そんな顔しないでよ。言葉にはできず、涙がじわりと滲んだ。
彼らが楽しそうだと嬉しい。逆に、彼らが辛そうだと涙が出るほどには、私はディーとダムのことを大切に思っている。
「……本当に?」
「……嫌いじゃないんだね? 好きなんだよね?」
「えぇ、大好きよ」
顔は見えなくても、声の調子から彼らが安心したのがわかる。
抱きしめていた腕をゆっくり緩めると、思った通りの笑った顔がそこにあった。
「良かったあ。嫌われたのかと思っちゃった」
「そうだよ、びっくりさせないでよ。お姉さん」
「うん。……ごめんね」
少しだけ三人で笑えば、張り詰めていた空気が緩む。それでも、さっきの彼らの怯えた瞳が脳裏に張り付いて消えない。
「僕、お姉さんとお別れなんてしたくないんだから」
「僕だってそうさ。出来れば、話したり、笑ったり、動くお姉さんがいいよ」
「?」
首を傾げるも、彼らはそんな私には気づかず話し続ける。
「そうそう。だから、生きたまま僕達のそばにいてね?」
「僕達を嫌いになんかなったりしたら、お姉さんを殺さなきゃいけないんだから」
「――」
「だからさ」
『そんなこと、させないで』
どちらがそのセリフを口にしたのか、よくわからない。ただ、恐怖よりも何よりも、どこまでも理解し合えないのだと、突き放されたような寂しさが胸に刺さる。
「「お姉さん、大好きだよ」」
「……私も、大好きよ」
無理やり口角を上げ、彼らに再び手を伸ばす。彼らは満足そうに笑みを浮かべ、私の抱擁よりも、強く抱き返してきた。
06 笑顔の裏に隠した涙がこぼれた